オリンピック・パラリンピックが終わる今
2021年7月23日に東京オリンピックが始まり、そして2021年9月5日をもってパラリンピックも終わった・・・。約8年という長い道のりだったオリンピックにかける想いの火は灯りを消していき次回の開催地パリへとバトンタッチされた。ついに日本としてのオリンピック物語は終幕されたとしている。
非常に長い時間だった。本来なら、1年前の今である2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催する予定だった。ところが新型コロナウイルスによって延期という史上初の事態が起こり、運営するにあたっては多くの困難と混乱、そして感染拡大が収束しない中での苦渋な判断で反対の声が挙がる中での開催強行という政治的判断もある。結局、反対の声はますます増えていったり、感染者の増加が収束しない見通しのままで閉幕しただけでは終わらない。
残念なことに閉幕する前に菅内閣総理大臣の突然の退任表明。また弁当などの大量廃棄によるロス問題が発覚するという悪いニュースが出ている。非常に悪いイメージのままで、閉幕してしまったことを私自身としては、厳しくいうと「情けない、日本のイメージはもう壊れている。有終の美ではなく、表沙汰を隠した不理屈な美で飾っているようしか感じられない終わり方」といっておく表現かもしれない。
一方で、私のような聴覚障がいにおいては、2点の変化があったことを前向きに喜んでも良いじゃないかと思う。この詳しいことは後日に執筆するが、大きく2ついうと
手話通訳が開閉会式につくことの問題点
障がい雇用や障がい差別において、聴覚障がいに対しても情報アクセスの在り方を考えるべきだと、マスメディアそれぞれが関心を持つようになったこと。
(パラリンピック開会式/Eテレ放送より撮影)
この2点の良い方向は、オリンピック・パラリンピックの唯一のレガシーとして終わることなく、次は2025年デフリンピックを日本で開催するに向けた招致活動で大いにつなげて展開されることを願いたい。レガシーをいかにどう繋げていくのか。これからの大事な時ではないかと伝えていきたい。
パラリンピック閉会式で一つ、感じたことがある。パリの引き継ぎにおいて、パリの実行委員会の意向で、フランス国歌は歌手が手話表現をされていたり、デフリンピアンの方がアピール動画に出ていたりと少しでも関わっていたことがあった。この部分が、パリと日本の認知の違いなんだと改めて思った。日本にも聴覚障がいを持つパフォーマーや聖火ランナーの話題があったが、手話による国歌は結局解決出来ずに終わった。
せっかく開催されるこの機会に手話による国歌を周知してほしいと思って、作る努力をした全日本ろうあ連盟の要望が通らなかったことに非常に残念な想いであろう。ぜひ2025年デフリンピックでは、実現出来るようにしたいところではあるが最近、手話による国歌で新たな議論が出ている。(この議論については、きこえる人にとって混乱しかねない不安をもっている私です。言語学の視点で分かれているため、詳しく執筆せず、世間を見守りたい。)
というわけで、私が感じたことを書いてみた。次は落ち着いた時にでも話題になっていた手話通訳について、執筆出来たら改めて伝えていきたいと思う。まずは、オリンピックとパラリンピックで勇気を与えてくれた選手の皆さんの努力に感動した!コロナ禍の中で苦しい練習を乗り越えてきた結果を誇りに、これからも頑張ってほしい。お疲れ様と労いの拍手を送りたい!