逃げ上手の若君ミクロ感想①第1話桜吹雪と若様
まずは1巻第1話「滅亡1333」より、桜舞う鎌倉を見下ろす若様のシーン!
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第一印象としては、それまでの鬱屈とした無力感を忘れさせてくれる、夢のように優しく華やかな桜吹雪。
若様の「この街で生きていければそれで良い」が個人的に大好きな台詞です。これは、私が全てを失って乞食同然になる展開が癖だからですが……って、第1話の主人公が言う台詞じゃない!
華やかな画面とは裏腹に、若様の心情としてはとても切ないシーンなんですよね。武士たちに軽んじられる悲しみをやり過ごして、消極的な望みを吐露することで自己肯定をしている。
これはミュージカルによくあるI Wantソングに当たると思っています。偶然にも南北朝時代に大流行する連歌で使われる77575のリズムを取っているのが面白いです。I Wantソングとは、リトル・マーメイドの「パート・オブ・ユア・ワールド」のように冒頭で主人公が自分の望みを歌い、観客が主人公に共感できるようにする役割をもつ歌です。そのため、基本的には自分が持っていないものを欲する内容が多いのですが、若様の場合は逆。現状維持が自分の望みだから、武士に何を言われようとも自分は既に幸せなのだといういわば慰めの歌です。これは、得宗家という武士としては最上級の立場にありながら周りに軽んじられる父や自分のねじれた境遇が、彼に「(努力してもこれより上に立場を変えることはできず、お飾りであることから逃れられないから)努力しても無駄だ」という諦めを植え付けてしまった故ではないでしょうか。この若様の望みに沿って物語を見ていくと、若様の成長ぶりが如実に分かるのでおススメです。
しかし、このページでは同時に鎌倉や民への心からの愛情や優しさを見ることもできます。「鎌倉が好きだ」「人々の笑顔を見るのが好きだ」と、ただ街だけではなく、人々の笑顔が好きなのが素敵ですね。その真心を歓迎•祝福するように花びらが若様の周りを舞い踊ります。自然物に歓迎され取り囲まれる主人公の図、大好きです。
ふと、このページは冒頭の尊氏様の登場ページと対になっているのではないか、と思いました。両ページを対比して見てみましょう。
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尊氏様の周りに舞い上がる紙吹雪(直線的)と、若様の周りに舞い散る桜の花びら(曲線的)。
戦に征かんとする尊氏様と、平和な街を眺める若様。
真っ直ぐなコマ割り2コマ(安定)で表される尊氏様と、斜めのコマ割り3コマ(不安定)で表される若様。
(おそらく)嘘の言葉をかける尊氏様(次ページですが)と、本心を一人吐露する若様。
う、うおお、思ったよりがっつり対比でした。後のページで語られる「殺す英雄 足利尊氏」(死=無機質•安定)↔︎「生きる英雄 北条時行」(生=有機的•不安定)の構図が序盤から表されていたことが分かります。
最後に、3コマの流れの美しさにも触れたいと思います。
①1コマ目「私は…この鎌倉が好きだ」
台詞としては、初めて若様の好きなものが分かります。また、絵としては背中が見えているので読者には若様の表情が見えません。このコマは若様が具体的に何を見ている(=好きな)のか、どんな表情をしているのか、読者の興味を引くコマになっています。
②2コマ目「平和に暮らす人々の笑顔を見るのが好きだ」
台詞も絵も、1コマ目の「若様が具体的に何を見ている(=好きな)のか」へのアンサーとして「特に民の笑顔が好き」ということを表しています。若様の視線を共有して民を見ることで、若様に共感しやすくなると共にその優しさを印象付けられます。
③3コマ目「地位も栄誉も別にいらない。この街で生きていければそれでいい」
台詞としては、初めて若様の望みが表されます。また絵としては、1コマ目の「若様がどんな表情をしているのか」へのアンサーとして、桜の花びらに囲まれて困ったようでいて今までで一番嬉しそうな笑顔を見ることができます。
1コマ目で投げた疑問に2,3コマ目で答えていきつつ、若様の心中がホップステップジャンプ!という風に開示されていくのが、花びらがだんだん開いていくかのようで本当に美しいです。
改めて考えると私このシーンめちゃくちゃ好きですね! ミクロ感想楽しい! ちょっと続けていこうと思います。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!