見出し画像

人生で最も楽しくない夏休み:1日目 石清水八幡宮で厄払い

夏休み初日。転職活動真っ只中、勉強もせねばならず転職エージェントからの連絡(自動送信メール?)が途絶えることはないので「人生で最も楽しくない夏休み」としたものの、しょっぱなから石清水八幡宮おまいりとは我ながら楽しそうにしてるじゃないか、と思う。
もう、困ったときの神頼みとはまさにこのことで、特に終わった試験は神様に祈るしかないのである。頭では「あれはダメだなあ」と分かっていても、心が「いや、合格していて欲しい」「もしかして、もしかすると……」と神様の力でどうにかしてもらえやしないか、みたいな感じになっている。
そんなわけで石清水八幡宮へおまいり。
京阪石清水八幡宮駅で下車し、ケーブルに乗る。石清水八幡宮駅の周辺は「ほどよくのどか」とでも言おうか。駅前は小さな店がいくつか並んでいる。鯖寿司の店、駐輪場、観光案内所。参道ケーブルの駅の近くには、長屋もあった。昔は店を営まれていたであろう長屋も、おそらく今は住居としてだけ使われているか、無人か。
閑散とはしているが、まったく人がいないわけではない。幼いお子さんを連れた家族連れが数組いたり、大学生くらいの二人組がいたり。
閑話休題。
ケーブルに乗り、石清水八幡宮へ。「八幡宮口駅」から「八幡宮山上駅」まで乗せて行ってもらい、そこからは徒歩である。
セミの鳴き声が響き渡る中、舗装された道をのぼること十分弱。(公式サイトでは五分とのことだが、十分くらい歩いた気がする)
舗装されているとはいえ、ふだん街中の平坦な道を歩きなれている人間には、「勾配がある」というだけで息が上がってしまう。
それでも、「田舎のセミ」(とは、田舎でしか聞くことができないと私が勝手に思っているセミの鳴き声。クマゼミらしい)を聞きつつ、竹林を眺めながら歩く時間は、考え事をするには持って来いだった。
最近聴いた女王蜂の「メフィスト」の一節に「誰を生きたか忘れちゃった」というものがある。
「推しの子」のエンディングだし、アイドルとして偽り続けた結果の「誰を生きたか忘れちゃった」なのだろう。しかし、私はアイドルとして生きたことはないくせに、なんとなく「ああ、そうだな」と思った。私も誰を生きているのか、もう分からないよ。
つくづく、就職活動という行為そのものが私には向いていないのだと感じる。自分を一生懸命言葉で表し、良いように飾り立てる。否定されてもなお、自分を他へ売り込むべく、取り繕い、媚びを売り、良い自分を作り上げる。
その言葉一つ一つについて、嘘ではないにしても、また、自分が実際に経験したこと、自分の中身だとしてもなお、就活用の薄っぺらい言葉で並べ立てるととたんに嘘っぽくなり、自分のことではないように感じるのはなぜだろう。
有栖川有栖先生の「46番目の密室」でのアリスと火村先生のやり取りを思い出す。

「(前略)火村英生は一見紳士風ではなく、性格は屈折している。友人は俺ぐらいしかいない。しかし、その才能はというと犯罪学者という枠には収まりきらない逸材であり、法律学、法医学から心理学まで造詣が深く、語学も堪能。文学、音楽、美術、映画、歴史、天体観測、オカルティズム、ケルト神話、変態性欲、ボクシング、登山、ボトルシップ作り、猫の飼い方に一家言を持つというところまでしゃべるつもりやったのに」
「それ、誰のことだ?」
「あんたや」
 いくつか嘘も混ぜたが。「はっ」と彼は笑った。「そんなふうに細切れにされた人間というのは、実体からどんどん遠ざかっていくもんだな。小説の中ならそれでいいのかもしれないけどね」

有栖川有栖「46番目の密室」

 この場合、アリスの冗談に対するツッコミもあっただろうけど、けれど今の私にはこの火村先生の言葉がしっくりきた。就活のため、自分自身を細切れにする。はい、私は大学院では〇〇を学び、その後、××で1年間、△△で4年間勤めてまいりました。はい、私の強みは◇◇で、これは御社の●●の業務に生かすことができると考えております、はい、私が最近感動したことは……キャッチフレーズは……趣味は、特技は、長所は……。
細切れにする。自分の中の大切だと思ったものも、言葉にするとなんだか安っぽく、就活のために何かを放り出してしまった気もする。どんどん自分から遠のいていく……。
 そういったことを割り切れないと、生きてはいけないのだろう。普通が一番難しいのだ。そういえば、『銀魂』の神楽ちゃんも「普通が一番むずかしいの!」とか言っていたっけ。ギャグシーンですが。
 そんなとりとめのないことを考えながら本殿へ向かう。その道中、厄年に関する看板があった。見てみると、私は今年、「小厄」にあたるらしい。鬼門だとかで、運がよろしくないらしい。だから、就職活動もこんなにうまくいかないのか。
 御祈祷をお願いしたいなとも思ったが、財布の中に入っているお金だけでは足りなかったので断念した。電子マネーに頼り切りだと、こういうときに痛い目を見ます。いや、ひょっとすると使えたのかもしれないが、社務所で巫女さんに向かって「コード決済で!」とスマホを見せる勇気はなかった。
 とりあえず、お守りとおみくじ。おみくじは見かけるたびに引いてしまう。
 結果は「いまだわかれず」。中は要約すると、焦るな、ということだった。そんなこと言われても、焦ってしまうものは焦ってしまうよ。そのうち良くなるといわれても、そのうちが来月とかならともかく、来年、再来年、十年後、二十年後だったら耐えられない。考えたくもない。
 でも、「願望」は「叶う」とあったので、それを信じようと思い、持って帰ってきた。叶うと良いなあ!
 本殿をあとにし、展望台に寄る。高いところから京都を見ると、ふだん見ている街並みとは全く異なり、とても変な感じがした。大きなビルがそびえているのを見ると、京都も結局都会だな、と感じた。
 その後、京阪で三条駅に出る。街なか。でも、先ほど展望台から見たときには見えなかった、私の好きなものがそこにはきちんとあって、安心した。美味しいパン、ケーキ、入ったことのない小さなお店……そういうものを見ると、心躍る。
 進々堂でパンを買って帰宅。進々堂のメロンパンは、特別こっているわけではないのだが、外はさっくり中はふんわり、とても食べやすい。ちょっと高いけど落ち着く味。
 夕刻にはスマートフォンを買い替えにショップへ。ずいぶん時間をかけてしまった。手続き中に転職サイトからメール。面接日程調整のお知らせだった。
 正直、そこは志望度は低い。業務内容はとても面白そうなのだが、ビルが小さく、なんだか息苦しいなと感じていた。息苦しいなと思いながら毎日仕事はできないだろうと言うのが半分、でも慣れれば案外大丈夫かもしれないし、業務内容は面白そうだし、というのが半分。
 50:50の思いで悩んでいるうちに、返事も出来ないままこの時間になってしまった。明日には返事しないと……非常に申し訳ない。でも、最近、就職活動のことを考えても頭がぼんやりするばかりで、なかなか決断をすることができない。
 キャパシティーが小さすぎて、もう限界らしい。もういっそ、今、エントリーしているところ全部辞退して引きこもりたいとすら思ってしまう。
 なのに明日はハローワーク。大丈夫か自分。少なくとも、明日にメールは返信しないといけない。そう考えるだけで今から憂鬱だ。
 がんばれ自分。頼むぞ自分。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?