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しゅうかつロック、ボクにも言わせて 第13回「ロック対談 だぶる模話模話模話~⑫ロックライブ体験3〈ザ・フーの映画、ライブなど〉~」

模話1「早速、ライブ体験さかのぼうろうか」
模話2「前回は、新宿ロフトのブリティッシュフォークの両巨頭の話だったね」
模話1「ペンタングル、ジョンレンボーンとあの女性ボーカルも来てて、バートヤンシュの三人だけね。実はさ、あの頃まだ知らなかったからね。あのあと、あの眼鏡のレコード屋のにいさん…両巨頭呼んだのあの兄さんだと思うんだけどね。あの人が売ってたCDを買ったんだよ。それからだもんね」
模話2「要するにレッドツェッペリン派がよくあるお勉強パターンね」
模話1「そうだね。でも、やっぱり、ブラックウォーターサイドは盛り上がってさ、ああ、ジミーペイジよりサイケだなと思った。いやサイケってより本格ケルト的ってのか、本物っぽかったかな」
模話2「買ったCDって、ファーストでしょ?」
模話1「うん、メイドさんかえってきてみたいな曲ばっかり聴いたよ。いまでもあれが一番好きかな、ハイウエイオンナなんとかも好きだけど。それはコンピレーションアルバムの曲だったかな? あんまりそこまで興味はなかったから覚えられなかった(笑)」
模話2「ジミーペイジ、レッドツェッペリン理解のための一環だからしょうがないね(笑)」
模話1「デイビーグレアムだっけ? ホワイトサマーの原曲の人。それも結局はジミーペイジの延長で聴いたわけだしね。でも、ひどいやつだよねジミーペイジって。まるで自作のようにあの二人の曲いただいちゃっているんだからさ」
模話2「明らかに他人の曲とか、トラッドとかも作詞作曲ジミーペイジって、ルースターズのヒッピーヒッピーシェイクとかも作詞作曲大江〇也ってあって笑ったことあるけどね(笑)」
模話1「でも、ジミーペイジの幅広さってすごいよね」
模話2「見に行ったんだよね。ジミーペイジは」
模話1「カバーデイルもロバートもね。東京公演はほぼ全部見たかな。曲目書きつけてたくらい、ちゃんと見たよ」
模話2「どうだった?」
模話1「あんまり記憶残ってないかな(笑)」
模話2「ものすごく時間を使ったミュージシャンだったのに?」
模話1「カバーデイル&ペイジのときのホワイトサマーはよかったよ。カバーデイルさんがロバートが歌えない原曲のハイトーンを楽勝で歌ってたのはすごかったね。努力の人だって感激したよ(笑)」
模話2「ホワイトスネイクはみられなかったんだよね」
模話1「ホワイトスネイクって、派手路線の売れたのは興味ないけどね」
模話2「ライブアルバムでミッキームーディにバーニーマースデンの頃ね」
模話1「ふーほやらびのもおだよ」
模話2「スイートトーカーとかレインボー(パープルだったね)のミストゥリーテドとかもやってたね」
模話1「でかい声系は弱いっつうか好きなんだよね」
模話2「いい声だったよね」
模話1「パンクっぽいアルバム出してたカルトがさ、突然カバーデイルファンだったってカミングアウトしてメタルみたいにかわったことなかったっけ?」
模話2「ロックが好きになり始めたころの影響は矯正は無理なんだよねたぶん」
模話1「確かに。忘れられないことがあってさ…30代後半、ある新聞社に外注で入ってた頃だった。当時は周りにも音楽通多かったし、センスいい人も多くて、影響受けたしブルースや通好み音楽ばっかり聴いてていわゆる普通の白人ロックはあんまり聴いてなかったんだよな。太っちゃってバンドからも離れてて、そんなときにワイト島フェスティバルの映画を観に行ったのね」
模話2「話題は最後の時期のドアーズにジミヘンとかだったよね」
模話1「フーも何年もまともに聴いてなかった頃ね」
模話2「で、何が起きたわけ?」
模話1「フー再発見だよね」
模話2「ずっと聴いてなかったんだよね?バンドでオーバーチュアに僕たちはしないよとか恋のピンチヒッターレパートリーだったよね」
模話1「フーはほんとに離れてた。ブルースとかは教本みてたかな」
模話2「映画では割とはじめのほうでヤングマンブルースやるんだよね」
模話1「光ってたんだよ、キースムーンが!」
模話2「全盛期だよね、ライブアットリーズの同年のライブだね」
模話1「とにかく輝きがあって、25歳のピートに23歳のキースって松村雄策さんのレビューにはあったかな?ショック受けた。おれは何もわかってなかったなってね」
模話2「何をさ?」
模話1「フーがほんとにすごかったっていう事実を」
模話2「自分軸フーの開始時期だってことなんでしょ?」
模話1「そのとおり」
模話2「あの映画で、フーファンからするとフーで始まってフーのネイキドアイで終わってディランの歌詞が落ちみたいに感じてしまったよ」
模話1「松村さんのレビューだったかもしれないけど、フーはステージ照明を客席に向けるんだけど、おまえも居るんだ!的なフーらしい演出がぐっときた」
模話2「来日公演のときさ、最後にメンバー紹介するじゃん?フーってさ」
模話1「うん。君の言いたいことわかるよ。最後のメンバーがユーだからね」
模話2「泣いたんだろ(笑)」
模話1「悪かったな(笑)。ババオライリーでも武道館3日目も泣いたよ(笑)」
模話2「そんな音楽が自分にあってよかったね」
模話1「ピートも自分を超えた何かをバンドから体験していたんだと思う。映画とは別に発売されたビデオの最後の台詞、言うことないよって、あの頃のピートってほんとに絶妙なコメントっつうかエムシー多いよね」
模話2「とにかくフー再発見自分軸ロック開始の時期だったんだよね」
模話1「減量してバンドやってた頃の体重に戻り、再開したんだよ。オーバーチュアもまた練習したよ」
模話2「確かその後アメリカフォークロックのバンドにも参加したよね」
模話1「うん、ハーモニカ習った延長成り行きでね。オリジナル30曲以上作ったり、最後の音楽どっぷり期間でした」
模話2「まあ、気が済んだってとこまでいけたんだよね」
模話1「レコーディングも体験したしね。もう十分かな。
バンド再開時にライブオデッセイでフーみて、バンドというかロックから離れるときにフー来日。卒業はフーだったよ」

【続く】
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