【少年小説】「ぼうくうごうから」⑧~最終回~
東京から実家に帰ってからしばらくして、ゆきおには〈おまえは死ね〉という声が聞こえるようになっていた。
はっきり聞こえるわけではない。ただそう言われているという自覚が続いた。
それは夕方くらいから強くなり、心拍数が上がり、視界がくらく狭くなる感じがした。
近頃よく聴いている音楽があったが、うとうとしながら聴いていると、うなされることが多かった。
いったいどういうことかわからなかったが、この音楽に、何か原因があるのかもしれないと思い始めていた。
ある夜、髪飾りをした痩せた頬骨の出た特徴的な顔を見た。
目で見たのではなく頭で認識した。そこにいることはわかったが、実際には目には見えてはいなかった。
直感で憎しみを抱いていることは知れた。山道を歩いているときに、ずっとその憎しみを向けてくる存在を感じていた。
体は重いまま、でもゆきおは羽交い締めをしてくるような重さを振り払うようにして前に進んだ。
灌木はのび放題でかつてのきれいな山のなかの景色はなくなっていた。
子どもの頃は枯れ葉で埋め尽くされた斜面をスキーのようにくだっていけたものだが
…いまや危険を感じるように荒れた印象しかない。
もう子どもの頃の世界はこの世には存在しないのだ。
かつてのような生き生きとした森のエネルギーは失せていた。
山が死んでいるように感じる。
最後の上り坂にかかった。
かつてはトンネルの出口のように明るい空間が円く見えた山道の終わり部分は暗いままだった。
それでもあとは上り坂はない。ほっとした。見覚えのある松の木があった。
チャバラにきた。急いで茶畑に向かった。軽トラックを見て驚いた。
なんと、自動車が入ってこられる林道が通っていた。
景観も変わっていた。
ヤカンで茶をわかした場所や小屋は場所だけはわかったが、
もう少し立派な車庫つきの物置のようなものに変わっていた。
歩いてかつての痕跡さがしていると、現在の作業者らしき人とすれ違った。
すれ違ったあと数メートルしたときに不審な人間への不快を表す言葉をかけられたことに気づいて、足早にチャバラから出た。
もう何も甘い感傷も起きなかった。
ノルマをこなす気分で最後の目的地に向かう。
ぼうくうごうだ。
灌木は放置され、山道も細くなり、海どころか、辺りも見渡すことができなかった。
ぼうくうごうはなんとなく土手の上にまだあることはわかったが、茂みが行く気をそいだ。
御前崎のほうを見て耳を澄ませた。
山の音は聞こえるが、子どもの頃のように優しくは響かない。
絶望もない。
ただ自分の感情が湧いてこないことにむなしさがあった。
自分はもう壊れてしまったような、
コンクリートでできた人間にでも変わったような、
空虚さにいた。
それからどう帰ったのか…覚えていない。
翌月、東京に戻った自分は結局自力で生きる踏ん切りもつかず、
親の援助で編集の専門学校へ通うことにした。
社会に適応できない自分には絶望していた。
せめて好きな仕事のまわりにいたい。
マンガ編集者になることだけ決めて、
最低限だけ生きよう。
そう思っていた。