【少年小説】「ぼうくうごうから」⑥
ゆきおは26歳になっていた。
わけあって実家にいた。
しばらく死んだ祖父のいた屋根裏部屋を借りて寝ていた。
そこで数ヵ月音楽と本に囲まれて自堕落に寝て過ごした。
それは…家族の崩壊の始まりでもあった。
ゆきおは時々思い付いたようにカウンセリングを受けに精神科のある市街地の病院に通った。
父親も母親も兄も祖母も、ゆきおが精神を病むという事実を正面から受け止めることはなかった。
受け流して何もないことになっていたと言ってよい。
その後に父親が死ぬまでにも、ゆきおの苦しみがどういうものかを父親が聞いたこともなければゆきおから話しかけたこともない。
ちなみに父親は教育者だった。
母親は〈あなたはそんな病気ではない〉と口癖のように言い、
兄はその話を意図的に避けた。
それでいて、将来はどうするのかを気にして不機嫌そうにしていた。
とはいえ腫れ物になったゆきおとは家族が距離をとっていた。
祖母だけは、どうにかゆきおを立ち直らせようとしているようだった。
しかし、会話が祖母中心過ぎて、暑苦しさにうんざりした。
ほとんどの家族が世間体を気にしていることは明白だったし、
そもそも家族が向き合って心を見せることがない家族だった。
ゆきおは〈考えてみれば、父親につらいだとか友達とうまくいかなくて悲しいだとかの相談を一度もしたことがないな〉とぼんやり思った。
それ以前に本心を親に話すことなどなかったのかもしれないと、いまさら思った。
父親が〈おまえはこれからどうするつもりだ〉と不機嫌に言われた次の日、いつも自堕落に寝ていた午前中に起きて、山のほうに向かってあるいた。
〈ぼうくうごうへ行こう〉そう思って茶畑に向かって歩き始めた。
どうしても、そこに行かなければならない…そう感じていた。
理由はわからなかったが…。