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還暦過ぎても大盛り――たべもの記2024⑥「60過ぎてからの大食い〈小諸そばの4本のえびの上天丼1〉」
出張の仕事で、ひさしぶりに水道橋、神保町界隈に来ている。
その期間ももう終わりに近づいた。
金銭的に余裕もないので、
外食はやめにして、弁当を持参している。
とはいえ、神保町、水道橋、御茶ノ水界隈で…
外食の誘惑は強烈なものがある。
若い頃に魅了されたことのある店は、かなり閉店してしまった。
それでも、まだ舌に記憶された店はいくつかあって、
店の前を通るたびに…重力にひっぱられそうになる。
てんぷらいもやが復活していた。
キッチングランも限定的に継続中のようである。
キッチン南海の再開はさすがに居ても立っても居られず、
3回、通った。
イカフライ生姜焼き、
カツカレー
イカフライ生姜焼き…
いずれも大盛りだ。
60をこえて、いつまで大盛りを続けられるか…
そんなことを考えるような年齢になっていることに、
いまさらながら驚く。
しかし、この年になって、
文春B級グルメ体質は一向に上京した20さいのころのままなのにも、
われながら不思議な思いがある。
とはいえ、あぶら物は昔ほど大量には食べられなくなった。
妻からは外食の許可は出ていないが…
小諸そばだとか、
六文そばだとか…
立ち食いソバくらいならいいだろうという、
ささやかな逸脱を何回か決行した。
やりすぎたのは小諸そばのサービス週間でのことだ。
唐揚げ2個追加のサービスで唐揚げそば4個というのは、
まあなんとか乗り切ったが…
えび天ぷら1本サービス期間ではさすがに、
胃がもたれる結果になった。
ある日、えび天サービスの期間の終盤の、
しかも仕事前の午前中…
その作戦は決行された。
朝から上天丼、580円でえび天4本という挑戦だ。
唐揚げ4個のそばもまあまあ、こたえたが…
この上天丼4本は無謀な賭けであった。
小諸そばの天丼は、コメが少ないのではあるが、
天ぷらの衣は結構大きい。
3本に1本余計に横たわるえび天を見て、
この誘惑を断ち切る意志の強さは自分にはない。
4本のえび天ののる壮観に、
私の心は新しき銀河のごとくに膨張した。
たれの味は好みでいいのだが…えびが
干しエビを思わせる歯ごたえ。
硬いのは少し気になった。
しかし、脳は新生銀河爆発のように興奮したまま…
食べるスピードは2倍速YouTubeのごとくであった。
梅干しを2つ加え、ほうじ茶を胃袋を圧迫しない程度に流し込み、
あっという間に完食した。
味というよりは、580円で4本のえび天丼を食べたという、
脳の情報に満足しきっていた。
直接おいしかったというのは照れがあったので、
ぶつぶつ言ってる客として、
独り言のごとく、美味しかったと言いながら
店を出た。
妻に無断で外食している罪悪感と、
これから一日、働くというのに
天丼を食べきった状態の体の重さに
自己嫌悪が湧き上がる。
立ち食いそばで、
そばを食べないで天丼…
朝から還暦過ぎの人間が1本サービスの
天ぷらにつられて…
満腹すぎる状態が少し緩和されて、
自己嫌悪が薄れてきたころ…
出張先の会社の近くを歩いているころ…
色川武大のエッセイを思い出していた。
還暦をすぎて…朝から大食いかあ…。
自分のしていることをマインドフルネスのように
俯瞰してぼんやりみつめているうちに…
なんだか笑いが止まらなくなってしまった。
会社についた。
わらいをこらえるようにして、
エレベーターに乗った。
【©tomasu mowa 2024】