【ロック少年・青年小説集】「25歳からのバンドやろうぜ1~初めてのステージに立ってみよう⑧【人生初ステージまであと1か月2⃣】~」
Sが戻ってきた。
また通しで練習していた1曲目「カモンエブリバディ」だった。
止めるのが嫌なのでそのままひき続けた。
様子を察してSが加わる。
休んだせいか元気にはなっている。
Fがすっぽかすと同様にプラスDとKの計3人が来なくなり、Sとユキオでスタジオ代金を3回折半することがあって…さすがにぶちきれた。
Sは新聞配達をしているので、忙しいなか時間を割いて練習にきている。
しかも他の人間は自宅だ。
自活してるSの負担はバカにならない。
もちろん3人には後で代金を払ってもらうが、ふざけた状況に対処するためにはSと個人練習をやることがベストと考えた。
Sは人がいいタイプでいいなりになりがち。
Fよりひとつ年上だが完全になめられている。
ユキオも少しずつFのぱしり化してきそうな雰囲気があるので、強硬な態度に出たのであった。
ライブはぶっつけ本番でそれぞれが仕上げてくることにした。
Sとユキオは家が近いこともあり、個人練習を二人でできるときはやるということにした。
DとKは他のバンドで一緒にやっている。
各自やるということにした。
Kはさすがにあわてて、1回くらいは一緒にやりたいという内容の電話がS宛にきたらしい。
未払いのスタジオ代金のこともあったので直前の週末にKを入れて練習することになった。
ユキオに不安はなかったということもなく、おおいに不安であった。ライブ経験はFとKしかない。
怖いといえば怖かった。
ただ自分のロック体験で欠けていたステージに立つことはいまの自分には重要なことで、これを達成しないわけにはいかない気持ちが強かった。
大量の時間をレコードを聴く時間に捧げてきたのだ。
そういう自分にけじめというか、落とし前をつけたいという考えがあった。
初ステージへの不安を静めるにはギターを弾くしかない。
Sと個人練習は初めての練習とすっぽかされた練習3回を含めて今日で5回目だった。
スタジオに連続5週間来ればだいぶギターも鳴るように変わってきた。
二時間では物足りないと感じる。演奏にも余裕が出てきたように思う。
Sの実力も癖もわかってきた。
ロックではないがバンドではあった…イカテンブームはバンドブームでありロックブームではない。
それでいいと思った。
ユキオ自身、ロック的な人間とは思っていない。
憧れているだけだ。
そういう自覚がユキオのぶれないギタースタイルにも出ていたとは思う。
しかし…自信があるわけではない。
ただ、膨大な費やした時間と強い憧れが、いまのユキオのギターにはあると…ユキオは自分でもそれだけは自信があったのだ。
Sとユキオさえなんとかしておけば、あとはどうにかなる…そう思えるようになった。
4曲目「サマータイムブルース」が終るとあと30分を切った。
Sから「コグレさん、あと1回通しでやりましょう」といわれ、おっと思った。
ヒデキ師匠が云っていた「1曲やりきったときにやっと快楽をうけとれる」という喜びを、Sも少しずつ感じてたのかもしれない。
1時間前よりもずいぶん声が出るようになったSを見ながらそんなふうに感じていた。