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【少年小説】「ぼうくうごうから」⑤
「おんぶしてくりょ」
父親は微笑んでゆきおを背負ってくれた。
「めえるか?」
そのとき、海面のきらめきがはっきりとわかった。
大きく見えてるわけではなかったが、海だということがわかった。
ゆきおは興奮した。
父親の背から下りたあともしばらく海のほうを見ていた。
「もっとはっきりみえんかな?」
「おまえがもう少し大きくなったら、山登りにつれてくで…そのときはいまよりはよく見えるだで、たのしみにしてりゃあええわ」
父親はそういうと、崩れかかってるぼうくうごうへおりていった。
「ゆきお、おりてこい」
少し怖かったが、崩れた坂道のようになった箇所から下に下りた。
「昔はな、無線機とか望遠鏡とかがあっただってさ」
戦争中にここに隠れていたという事実が、ゆきおを幻惑させた。
「とうちゃん、ぼくん生まれるどんくらい前に戦争あっただ?」
「18年前だな」
ゆきおはたった18年と言われて怖くなってしまった。
「爆弾落とす飛行機だっただら?」
「そうだよお」
「ここは安全だっただ?」
「爆撃はされんかったみたいだな」
ゆきおは円筒形のこの場所に、また来たいと思った。
「はあええら。行くで」
父親はそのあと沢に水を汲みに行くときにもゆきおを誘った。
機嫌がよかったのでついていった。
いつも水を汲みにおりている沢を通り越して、父親はさらに高いところにゆきおを連れていった。
さすがにばてたときに、視界が広がった。
そこは蕗がたくさん生えている湧き水のある場所だった。
狭いが平らで見晴らしがよかった。
遠くに高い山が見える。ゆきおは自然に顔がゆるんでいた。
父親は蕗の葉っぱで三角錐のコップをつくって冷たい湧き水をすくってゆきおに渡した。
ゆきおはコップを壊さないように水が漏れないように大事に飲んだ。
びっくりするほどおいしい水だった。
蕗の葉っぱの香りがして心地よかった。
「もういっぱいくりょ」
「はは、うまいら。ゆきおも自分で作って飲んでみよや」
父親に教えられながら蕗の葉っぱのコップを作り、自分で湧き水を汲んだ。
2杯3杯とおなかいっぱいになるまで飲んだ。
「ゆきお、ほれ」
虎杖をむいて、父親がゆきおによこした。
「こりゃあな、がじがじ噛んでなかの水分をすうだよ」
かじってみたら、思ったより悪くなかった。
口が酸味ですっきりするようだった。
「そろそろ行くで」
まだ帰りたくない気分だったが、ゆきおは思った。
今日、父親に教えてもらった場所に、いつか一人で来たいと…そう思った。
いつもの沢におりて、水を汲んだあと茶畑に戻った。