三人の魔術師:番外編 モノベさんの日常①~神山さんとスペルト小麦のパンの朝食を~
また、あの声がやってくる。夕方から、すこしずつ太陽が力を失うころからだ。
彼が誰なのか、彼が人なのかもわからない。ただ、彼はボクに向かって、
「死ね」
「お前死ね」
「お前には価値はない」
「なんの権利もない。幸せになれるわけがない」
そう、言っているということがわかった。
その声は、自分を通り越して、世界中にひろがっていくことがわかるのだ。
その声は、自分の声とおなじようにくぐもっていて、鼻声で、はっきりと聞き取りにくい声なのだ。
そして、その声がひとしきりこのボクの世界をおおって、蹂躙した後、
ボクはやっと動悸から解放され、力がうばわれて、布団のなかにやさしさを感じられる。
悪夢がほとんどと言っていいくらい、夢見は良くなかった。
この人生を自業自得だと、以前よりは自覚するようになっていた。
読書は習慣にしているが、基本は図書館、次は古本、大事なものは書店で買う。独りになって、読書の時間は増えた。ただ、読んだところですぐに何かが変わるわけでもない。
しかし、それでも「いつかは輝きたい」と思うのだ。この言葉はある同業者が口癖のように言っていた。
その言葉の後には必ず「でも輝かなくてもいいんです」と言うのだった。
当時は彼をどこか蔑んで見ていたと思う。
しかし、いまはその言葉の意味と重さを、独りになって感じるようになった。
彼はいま何をしてるだろうか。
祈るように彼が輝きますようにと、願うだけだった。
金曜日に仕事が終わると、まっすぐ家に帰ることにしていた。
もし、出かける場合も、一旦帰ることにしていた。
掃除をして、洗濯をする。軒先に干しておく。晴れても雨でもだ。
夕飯は自炊する。いつもは生きるために食べているが、このときだけは、好きなものをできるだけ安く購入してゆっくり食べることにしている。
たいていは、お米を炊いてる間にシャワーだけを浴びて、あとは食べて寝るだけにする。定時に帰ってもだいたい夜8時はすぎている。
テレビはみないで、ある人から教えてもらったチベットのシンギングボウルの動画を流すだけだ。
ここ数年で食の好みは変わってしまった。元々肉は加工肉以外はあまりたくさん食べなかった。
それも今週からはやめようと思っていた。
朝ごはんはパンをフライパンで焼いていたのが定番だったが、あるヒーリングとスピリチュアリストの本を読んで考えを改めた。
加工肉と小麦製品をやめることにした。
加工肉は還暦をすぎたこともあり、健康面を考えてやめた。
一時期は早く死のうとして、どうでもいいと思い節制をやめていたが、いまの仕事につけたことで、慰謝料を払い続けるには健康でいることがよいことだと自覚した。
小麦は、知らなかったのだがグルテンがアレルゲンでもあり、消化器に負担がかかるとか書かれていた。
それよりもある本に書かれていた遺伝子組み換え小麦が波動が低く、れいせい進化にも悪影響があると書かれていた。
確かに加工肉とパンをやめてから、体調がよくなった。給料が人並みにもらえるようになったので、他に使うあてもないので野菜と米や調味料はよいものにかえた。食べる量を減らしてみると、さらに体調はよくなった。
習慣で食べていたものをやめていくと、ペスコベジタリアンというのか、地中海ダイエットに近くなることに気づいた。
元々肉は好きではなかったのだと自分でも驚く。
たのしみはスペルト小麦のスパゲティや全粒粉を買って焼いた自家製パンだ。
神山さんが、オーブントースターと一緒に使ってなかったパン焼き器を譲ってくれた。
ネットで調べてオーガニックの小麦粉を買った。
しばらくはいろいろ買うものもおおく多少の出費はあったが、カルマの解消に本気になるならやれることをすべてやる覚悟だった。
神山さんが、パン焼き器の様子を訪ねてきたのである夜勤明けの土曜日の朝に来てもらった。
「モノベさん、どうしちゃったの?マヨネーズたっぷりのベーコンエッグトーストはおいしかったのにな~」
「神山さんも、これから管理職で偉くなってくんですから、健康に気を付けましょう。一緒にがんばりましょうね」
スペルト小麦の全粒粉パンにオリーブオイルに減農薬野菜を二時間水につけたものを炒めたものと、埼玉県産のジャガイモにワクチン未接種の目玉焼きに低温殺菌牛乳。
「どうですか?」
「うめえよ。びっくりだわ」
「パンおかわりあります。これはちょっとだけよバターです。ニュージーランド産」
「実はさ、うちの妻がペスコベジタリアンにはまってるんだよ。魚好きだからよ、まあ肉なくても平気だがさ。子どもたちが焼肉屋つれてけって反乱起こしてるよ(笑)」「時々はいいんじゃないですか?奥様素敵ですね」
「夜勤だし、病気したくはないよな。モノベさんと一緒にがんばりますか」
節制の仲間ができた。なんだか、とてもうれしかった。
【続く】
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