三人の魔術師:番外編 モノベさんの日常15「ある占い師との思い出③」
マリネ先生と私は、近くの喫茶店に入って待機することにした。喫茶店に行く前に、喫茶店に入るのもなんだかお金がもったいない気がしたが…マリネ先生がおごってくださるという。
駅の脇にチェーン店のおいしいコーヒーの店があったので、そこに入った。そこで私はマリネ先生から、今回の喫茶店についていくつかのことを聞くことができた。
このお店での占いは無料で…ただ、食事か飲み物と一品を頼むというルールがあった。占いはだいたい30分程度。ご主人が占いを行っている。いくつかのルールがあって…お客さんからの質問は3つまで、ルールを守らない場合は占いを中止して、帰ってもらうということのようだった。
無料というのがすごいと思った。
「お金を取らないってことは…他者奉仕の方なんでしょうかね?」
私はマリネ先生に、聞いてみた。
「そうね…何か、理由があるのかもね…なかなかできないことよね」
「先生はお金を取らないことはしないですよね」
「そうね。私の師匠にあたる鑑定士からは『必要な経費はもらったほうがいい』と言われていたわ」
「そうですか…」
プロの鑑定士にずいぶん失礼なことを聞いてしまったかもしれない。
「失礼なこと言ってしまったかもしれませんね。ごめんなさい」
「ううん。気にしてないわ。でも、今回相談に来たお客さんは…ずいぶんこの占いの影響を受けてしまったみたいでね…やはり、気になるわよね」
「それで、マリネ先生も受けるって…ずいぶん好奇心が旺盛なのかなと思いました」
「ふふふ。そうね…やはり、どういう方なのか…お会いしたいなって思ったわよ」
「そのお客さんはどのようなことを言われたんでしょうか?」
「うん。なんだか…必ず離婚するとか…経営はぜったいだめだとか…まあ、占いは占いだから…お客さんには気にしないようにって伝えたんだけど…やっぱりショックだったみたい。彼女は結婚も経営もそこまで危機的な状況でもないし…健康面も深刻な問題はなかったけど…がんになるとか、冷え性じゃないのに体温が低い。このままではよくないとかね…心配になったみたいなの」
「でも…壺を買わされるとか、高い仏像買わされるとかはないわけですよね?」
「そうね…良心的ともいえるかもね。無料なんだし。私が聞く限りは、一般的な話という気もするんだけどね…受け取り方の問題でもあるし…彼女は精神的に疲れている時期で、ちょっとストレスで弱っていたのよ…それが主な原因だとは思うんだけど…」
先生にどういう姿勢でこれからの占いをきいたらいいかをきいた。
「そうね…たぶん…御形先生が一度断ったことをかなり怒っているみたいだから…ごめんなさいね…モノベさんには無関係なのに…そのあたりはできるだけスルーしてみてね。私が先に受けるから、モノベさん、いやになったらすぐ出てきたら? 私は電話番号を教えてあるから…ケンカ腰にはしないつもりよ…モノベさんは走って逃げたら?」
ますます奥歯が痛んできた。御形先生…今度トートタロットの鑑定に行ったときは…言いたいだけ言わしてもらおう。
時間が来たので、二人で「花のサンフランシスコ」に向かった。
入店するとシステムの説明を受けた。飲み物にデザートか…食事を注文してくださいということだった。
マリネ先生はAランチを頼んだので、私もAランチにした。
ドリンク付きで1000円しないのは良心的だった。
しかも、占い無料だ。
「女性の方が先に占いをされますので、その間にお食事をとってください。その後に男性の方が占いをする間に、女性の方が食事をするようにしてください」
前の占いの方が終わった。その方に食事が用意されている。
マリネ先生が占いを受けに席を移動した。
私の前に食事がやってきた。
ごはんに味噌汁、漬物、沖縄風の洋食プレート。
サラダにフライに焼いた肉。けっこうなボリューム感だ。
「5分前といっているのに、なぜ時間が守れないのですか!」
店内に不穏な空気と緊張が広がる。
ロングヘアの占い師の怒号が響いた。
マリネ先生に一方的に説教をするように、時間通りにこないことがいかに人としての道を外れた行為なのかを…えんえん繰り返し強い口調で訴えている。
食事が喉をとおりにくいこと、この上ない。
マリネ先生が心配になるが…止めに入るような雰囲気ではない。
なぜか、店員もお客さんも、同じようにマリネ先生をとがめているような、そんな雰囲気があった。
「時間まで店内で待たせていただこうと思っていただけです」「それが自分のエゴだと、なぜわからないのですか。5分前に来るようにと言っているのになぜ約束を守れないのですか」
マリネ先生はしばらく、たんたんと理由を説明していたのだが…占いの先生の鋼のような口調に、急にトーンを変えたのが私にはわかった。
あまり、じろじろみることもはばかられるが…どうも気になるのでチラ見してみると…占いの先生はマリネ先生の手のひらを握って手相を見だした。
きいていると…手相や西洋占星術だとか幅広い知識を駆使しているのだが…また「5分前に来なさいといっていたのになぜ約束が守れないのか」を間欠泉のように繰り返していた。
マリネ先生はべたべたと手のひらや腕などを触られながら…返答していたが…占いの先生の指摘が当たっていないので「いいえ」ということが多かった。だが…やがて、マリネ先生は「なるほどですね~」「すごいですね~」「勉強になります~」「ありがとうございます~」というパターンを繰り返し始めた。
マリネ先生の態度の変化に気をよくした占いの先生は、どこか勝ち誇ったようにさらに自慢話を始める。マリネ先生の4つのセリフの繰り返しが続いた。少しは実のある話が始まるかと思うと、また「5分前に来なさいといっていたのになぜ約束が守れないのか」という間欠泉が噴き上がる。
心拍数は上がる。私は食事も終わり、コーヒーも終わった。食器を下げられるたびにお寺の食事が終わったように、神妙な態度をとっていた。
考えてみたら…マリネ先生が「夕食をごちそうします」の夕食は、いま下げられた食器にあったということに気づく。
久しぶりの若い女性との夕食だったのに…まったく食べた気がしない。いや、生きた心地さえしない…なんて日だ。
【ある占い師との思い出④へ続く】
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