見出し画像

2024.05

一人暮らし、友達も少ない私は人に話したい出来事が起きたときに心の中に留めておくかSNSに書き連ねることしか解決策がない。

SNSに書き連ねようにも長文を書くことは相手に不快感を与えたり、邪魔だと思われることも少なくない。

多少はSNS等で発散するものの発散しきれないことも沢山ある。
noteを辞めてから毎日個人的に日記を書くようになったが、結局発散し切れない部分がある。

今月はそんな出来事が特に多く、このまま6月には行けない気がした。
何かいい方法はないかと考えたとき、このnoteの存在を思い出した

もちろんnoteを再開する予定はなく、こんな特例の時だけノコノコと出てくる予定。長文なのは申し訳ない。
誰も読んでくれなくてもいいけれど、読む”可能性”がある場所にこれを置いておくことで自分の気持ちを整理できる気がする。



※①と③は嬉しい内容、②は愚痴


①5/9 喜び大爆発な日

この日は劇場の入れ替え戦に行った。
オーディションライブからずっと見に行っていた推しがついにこの場にたどりついた。
久しぶりに入れ替え戦に来たが、普段見ない人も多く新鮮だった。
そしてみんな面白い。激戦を勝ち抜いているだけある。

推しは2個前のコンビから見に行っているが、1度もメンバー入りできていなかった。いつもこの入れ替え戦で負けて悔しかった。

でも、今のコンビはいける気がした。結成半年以内とは思えないほどクオリティが高く、見ていて安心感があった。

結果は無事メンバー入り。何年も見てた人がメンバー入りをつかむ瞬間が見れたのが本当に嬉しい。
早速何個か劇場に見に行く予定ができワクワクしている。
生き残り続けてほしい。喜びすぎてテンション大爆発の日。



②5/10 既婚者男性との外食

仕事終わり。
私は都心部の駅でとある人と待ち合わせをしていた。

相手は先月会社を退職した男性の社員さんだ。
一緒に働いているときには週に1回ぐらいのペースでランチに連れて行ってくれた。社内の中で唯一乗り換えの駅が同じでよく一緒に駅まで帰っていた。なぜか他の若い派遣さんも沢山いる中で私だけが異常に気に入られていた。

「またご飯でも行こうよ」と言われ退職の日に連絡先を交換したが、数日後にはどうでも良くなり連絡を入れることもなかった。
普通、これぐらいの距離感になれば多少の好意を抱いてもいいものだが、彼は結婚していて奥様と子供がいる。一緒に喋っているときも子供の写真を見せてくるし、奥様との話もしてくる。
”仮に”とても素敵な人だったとしても既婚者の時点で私は一ミリもそういう感情は抱けない。

何も言わずに放ったらかしていると、数週間後に向こうから連絡が入り、食事の日が設定された。

1件目はイタリアン、2件目と3件目は居酒屋へ行った。
私はお酒が弱いので最初の1杯にとどめた。
向こうはずっとお酒を飲んでいた。
アルコールの有無によるテンションの差はどんどん広がり、私は2件目にはもう帰りたくなっていた。
帰りたい雰囲気を出したがそんなわけないだろと言わんばかりの表情で3件目に連れていかれた。

私は、奥様がいる男性と2人でご飯に行くことに後ろめたさを感じていた。
もし陰から奥様が見ていたらどうしよう、見つかったら私が責められる。私は一ミリもそんな感情なんてないのに。
向こうはそんなこと全く気にしていなそうに「普段子育てばかりでこんなことできないから楽しい」と言っている。

会話の中で私が彼氏ができたことがない話をした。
「俺がフリーだったらけっこうありじゃない?」
…ありじゃない。収入マウントや周り歩いている人とのマウントや経験人数アピールとかする人は私は好きじゃない。
書けないようなやばい発言も何個かあった。その度にドン引きした。

3件目の帰り際、もう駅へ向かうだけだというときに突然肩を引き寄せられた。手も繋がれそうになったのですぐに離れようとした。
奥様がいる人にこんなことされてたまるかと思った。
というか、奥様の話をした数分後によくこんなことができるなと思った。
しかもこんなに人が歩いている駅で。
私はそんなことがしたくてご飯に行ったわけじゃないのに。
あなたのせいで世の中の男性の印象が一段階下がった。

手を振りほどき、解散した。
もう二度と既婚者男性と2人でご飯に行かないと決めた。
自分へのメリットが何一つないから。



③5/18 タイムスリップの東京旅行

朝から新幹線移動。
心の中はワクワクと不安が半々ぐらい。

数か月前。私は1個のツイートに心臓が飛び出そうになった。

「5年ぶりに人前に立ちます」

5年前に解散して一般人になったとある推しの投稿。
私はこの人がいなければ劇場オタクはしていないと思う。
香川の地味な高校生が一人で東京にお笑いを見に行く大冒険をしたのは、この人・このコンビに出会ったから。
あれから大阪に引っ越したけれど、その行動力も東京に一人で行けた自信があったからかもしれない。

解散ライブは一番休みにくい仕事をしていた時期で行けなかった。
これは人生のトップクラスの後悔として残っていて、今思うと仮病を使ってでも行くべきだったと思っている。当時の私は変に真面目でそんなことができなかった。

そんな後悔と過ごしてきた5年間。
もう見れないのに忘れることができず、時々思い出しては頭を抱えていた。
そんな中でのこの知らせである。

内容は、解散するまで組んでいた相方がやっているYouTubeチャンネルのイベントのゲスト。
どんなお客さんがいるのか全く想像つかないし、ただの一般人の彼のために見に行くなんて邪道すぎるのではないかと思った。
でも、これ以上人生の後悔を増やしたくない気持ちもあった。

意を決してチケットを取り、交通手段を確保したものの、当日まで不安は消せず、空き時間の使い方も全く決まらないまま東京へ向かった。

空き時間は浅草寺に行った。行ったことのない東京の観光地の中で一番行ってみたかった場所を選んだ。
中途半端に時間があまり、アメ横をキョロキョロ眺めながら最後は上野公園のベンチで黄昏ていた。

とうとう会場までやってきた。何度かこの推しを見るために入ったことのある建物だが、解散してからは1回も来ていなかった。
まだ不安はあるがとりあえずエレベーターに乗り込み会場に入る。
受付から楽屋が少し見え、推しの姿も見えた。気づかれたくはなかったので急いで席に座る。

イベント開始。
前日にYouTubeを少し予習していったおかげで楽しく見れた。
お客さんも見たことがない客層ではあったものの危険そうな人はいなかったので安心した。

推しが出てきた瞬間、あの頃の私にタイムスリップした。出てくるだけで心を奪われるほど魅力的な人だと改めて感じた。
推しの提案で5年ぶりに少しネタが見れた。奇跡すぎる。今この瞬間、この場にいること、本当に幸せだった。生きていてよかった。決断をしてよかった。

ライブ終わり、受付に立っている推しを見つけた。
何人か私と同じような人がいるのか「久しぶり!」と嬉しそうにしゃべっている。
私が恐る恐る挨拶すると、気づいた後びっくりされた。
一言目が「今はどこに住んでるの?」だった。まさか大阪からこのために来る人間がいるとは思わなかったのだろう。
なかなか地方のオタクで顔と名前が一致することなんてないと思うけど、完全に分かっていて名前も呼んでくれた。

相方さん(今回の主催者)ともお話した。
当時から挙動不審な人だが、さらに磨きがかかっているように思えた。
コンビに挟まれた3ショットを撮ってもらった。
会場を後にしてもドキドキとニヤニヤが止まらなかった。

次があるかなんて全く分からないのに、もう二度と見れないかもしれないのに、あの時みたいにまたすぐ見れるんじゃないかと思った。

日帰りなのでそのまま夜行バスで直帰した。
疲労感が数日取れなかったが、それ以上にあの日の光景が脳内を支配して数日間平常心でいれない自分がいた。
本当に夢みたいな日だった。

もう無理だと諦めていることにも絶対なんてないのかもしれない。
そう思うと人生もう少し頑張ろうと思えた。




こんな5月だった。
もし読んでくれた人がいたら本当にありがとうございます。
また気が向いたら来ます。

浅草寺の出店で食べた団子








いいなと思ったら応援しよう!