世界にもうひとり自分がいたら(異常/エルヴェ・ル・テリエ)
2020年に刊行され、フランスで110万部売れたSF小説。
殺し屋のハラハラするエピソードが始まったかと思うとすぐ終わり、売れない作家、シンママの映像編集者、カエルを飼う少女、弁護士、ナイジェリアのポップスターと、主人公がころころ入れ替わって別の物語が展開していく。
途中、飛行機のパイロットのエピソードが入り、そこで彼らの唯一の共通点がわかる。それは、「6月、パリからNYへ向かう同じ飛行機に乗っていて、激しい乱気流に巻き込まれた」というもの。
からくも飛行機は着陸するが、そこでは異常事態が起きていた。
全く同じ乗客を乗せた全く同じ飛行機が、3月にも到着していたというのである。6月の飛行機に乗っていた243人の乗客は、「重複者(ダブル)」と呼ばれる自分の分身と対峙する。
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6月の主人公たちは、それぞれ「約4カ月前の自分」とともに複雑な問題を抱える。3月の自分が妊娠していたり、知らない曲や小説を世に出して有名になっていたり、自殺していたり。彼らの家族も混乱し、一部の宗教信者からはスパイや悪魔だと攻撃を受けたりする。
荒唐無稽な設定に思えるがディティールがリアルで、「4カ月近くあれば、そりゃいろんなことが起きるよな…」と共感しながら読んでいる自分に驚いた。
タイトルの『異常(アノマリー)』は、作中の小説家が発表した作品のタイトルでもある。異常事態を経験した作者がそれを題材に発表した小説で、このメタ構造が妙にリアリティを増しているように思った。
登場人物が多いわりに、最後は彼らが繋がって気持ちよく伏線回収…ということは一切起きないので、物語としてわかりやすくはない。
オチを知ったうえでもう一度読みたくなる系の、まさに「異常」な構成だった。