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教育と引き換えに失ったもの(エデュケーション/タラ・ウェストーバー)

政府、病院、公立学校を頼らない「サバイバリスト」と呼ばれる両親に育てられ、現在はハーバード大学院の研究者である著者の壮絶な生涯を綴った本。サブタイトルには「大学は私の人生を変えた」とあり、自宅で不十分な教育しか受けられなかった著者・タラが、猛勉強の末にケンブリッジ大学、ハーバード大学院へと進学し、自分の手で人生を切り開いていく様に感銘を受けた。

1. 幼少期

タラの一家は敬虔なモルモン教徒だった。モルモン教は世界にあふれる数々の宗教の中でも規律が厳しく、喫煙や飲酒はもちろんお茶やコーヒーも口にしてはならず、未だに婚前交渉が禁止されている。しかし父親の常軌を逸した行動は、モルモン教の規律をはるかに超えたものだった。

・ある日突然「神のお告げがあった」と牛乳を禁止され、朝食のシリアルに水をかけて食べることを強いられる
・政府を敵対視し、学校へは行かせず、全ての教育を母が自宅で行う
・命に関わるほどの大怪我をしても病院へは連れて行かない。一切の薬を使わず母が手術をし、お手製のオイルとハーブで治療を済ませる
・出産は自宅。出生届は出されておらず、タラの正確な誕生日や年齢を誰も記憶していない。タラは誕生日を祝われたことが一度もなかった
・暑くてTシャツの袖を捲っていただけで、父に「売春婦」呼ばわりされる

等々。
タラの兄のうち何人かは病院で生まれ、途中までは学校に通っていたが、ある日の父親の「お告げ」を境に学校を辞めさせられたという。父は廃棄物処理などの仕事を取ってきて、子供たちにそれを手伝わせながら収入を得ていた。

2. 大学進学

タラの兄の一人・タイラーは自力で高卒認定の資格を取り、大学へ進学した。その影響でタラも大学進学を決意するが、父はタラが家を出ていくこと(働き手が減ること)を恐れて執拗に勉強の邪魔をした。そしてタラは一浪の末にブリガム・ヤング大学に入学する。
大学の講義を聞き、周りの学生と交流するなかで、タラは自分が母から受けてきた教育がいかに不十分なものであったかに気づく。(例えば「ホロコースト」という言葉を知らず、講義中に教授に質問してしまう。)

休暇を利用して帰省し、久しぶりに現場仕事を手伝い真っ黒になったタラの顔を指して、兄・ショーンは「ニガー」と笑った。その言葉の意味を理解していたタラは、教育を受けていない兄との間に溝を感じる。
その後、タラは心理学の講義で双極性障害のことを知る。その症状の多くは父に当てはまるものだった。父は安全より信仰を優先し、自らが正しいと信じ込み、子供たちが犠牲となった。それは全て病気によるものだったのだ。

3. 教育と引き換えに家族を失う

タラはケンブリッジ大学の教授に小論文を見てもらう機会を得て、「私はケンブリッジで30年以上教えてきたが、いままで読んできたなかで、君の小論文は最高レベルのものだ」と称賛される。

どんな残酷さにも耐えられたが、優しさを受け入れることには慣れていなかった。称賛は私にとって毒でしかなかった。それは私を息苦しくさせる。教授に怒鳴ってもらいたかった。

タラは「優しさを受け入れる」と表現しているが、私はこれを「ありのままの自分を認めてもらうこと」と解釈した。タラはそれまでの生涯で、信仰という条件の元でしか認めてもらえなかったからだ。

タラは奨学金を得て、ケンブリッジ大学、ハーバード大学院へと輝かしい進路を歩む。
ある日、両親がハーバードを訪れ、タラが暮らす学生寮に泊まりながら観光や食事を楽しんだ。しかし本当の目的は、タラを再び信仰させ、家に連れ戻すことだった。「聖なるオイル」を掌にのせられ悪魔を追い出す儀式を父に迫られたタラは、それをはっきりと拒否した。

私が努力して手に入れたもの、私が学んだ年月はすべて、たったひとつの特権を得るために手に入れたものだった。それは、父が与えてくれたよりも多くを見て、それ以上の真実を経験することだった。そして、その真実を自分自身の知性を構築するために使うことだ。私は多くの知識、歴史、視点を評価する能力こそが、自分を確立するための本質であると信じるようになった。(略)
父が私から追い出したかったのは悪魔じゃない。私そのものだったのだ。


4. 再会

ハーバードから帰った両親は「タラは悪魔に取り憑かれている」と家族や親戚に吹聴し、タラは兄弟とも祖父母とも疎遠になった。しかし祖母の葬儀を機に、数年ぶりに家族と再会する。7人兄弟のうち3人は博士号をもち、4人は高校の卒業資格をもっていなかった。教育を受けた者とそうでない者の間には、深い溝が広がっていた。タラは両親による吹聴のせいで孤立していたが、タラに大学進学を薦めた兄・タイラーだけは、タラの味方だった。

タラはいつも実家に帰ると「父に支配されている自分」に戻ってしまう感覚があった。両親との関係はいま現在も絶縁状態に近いが、タラ自身には大きな変化があったという。

私がいくら鏡を見つめても、もうそこには十六歳の自分を呼び出すことができなかった。(略)それまで、彼女はずっとそこにいた。私がいくら変化を遂げても、私がどれほど輝かしい教育を受けようとも、私の外見がどれだけ変わろうとも、それでも私は彼女だった。私は所詮、壊れた心を抱えた二人の人間だった。彼女は私のなかにいて、父の家の敷居をまたげば必ず現れた。

あの夜、私が彼女を呼び出したとき、彼女は応えなかった。彼女は私から去っていた。あれ以降の私の決断は、彼女がくだしたものではない。その決断は、変化を遂げた人間、新しい自己による選択だったのだ。

これを何と呼んでくれてもかまわない。変身。変形。偽り。裏切りと呼ぶ人もいるだろう。
私はこれを教育と呼ぶ。

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もとは一つだったタラの家族を分断したのは、教育であり、信仰であった。
教育がなければ信仰を選ぶことはできない。世界には複数の宗教があって、神を信じない人もいるのだと知らなければ、他の選択肢など存在しないに等しい。
勉強は人生の選択肢を増やすためにするのだと、母に言われて私は育った。しかしそれ以上に、自分と違う人間を理解し、共存するために必要なのだと、この本を読んで気づいた。

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