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ホラー短編集「飽食の時代の哀れ」



性格も食に対しての考えや体質もかけ離れた二人の女性。
それでも親しくしていたのが、やっぱり食については思うところがあって、とうとう耐えきれずに彼女の食欲は止まらなくなって・・・。

ホラーの短編小説です。


会社の同僚にして、友人のアイはものすごい大食いだ。
それでいて小食のわたしより痩せている。
理由は単純明快。
一日にトイレで十回も大のほうをしているから。
便通がよすぎて、食べ物を体に通過させているだけのように思えるが・・・。

体内を通過している途中で多少、栄養を吸収しているだろうものを「なんで食べているの?」「なんか、もったいなくない?」とどこか釈然としない。
ほかの人はアイの無制限のような食べっぷりに「おいしそうに食べるなあ」とすなおに感心して「見てて気もちいい!」と手放しに賞賛している。
ついでに、わたしに「食欲、分けてもらったら?」と苦笑することも。

そうして、とばっちりを受けるのは、おもしろくないが、なにも、わたしはアイを疎ましがっていなく、かけがえない友人と思っている。
アイも意外に、わたしを特別視してくれているよう。
あけっぴろげで社交的なアイと、大人しく内向的なわたし。
対照的なようで、気が合うし、相性もいいらしい。
ただ、どうしても、食の考え方や作法などの相違に目がつぶれない。

幼いころから小食の体質に悩み、改善をしようと努めてきたわたしは、食へのこだわりが人一倍強いので。
そんな事情を伝えたうえで「食事はべつべつにしよう」と提案。
「悪気はないの、ごめんね」とアイにお願いするだけでなく、上司に頼んで仕事の時間をすこしずらしてもらった。
昼食の時間が重ならないように。
わざわざ、そこまでして、がらんどうの社食にて一人で食事をとったものの、今日も今日とて「キーちゃーん!」とアイがトレイを持って、走ってきた。

そう、いくら説得しても、聞く耳を持たないのだ。
おまけに、わたしが、あれこれ時間をずらしても、どうやって都合をつけているやら絶対に社食で同席をする。
もしかしたら、二回目の昼食なのかもしれないが、無制限の大食いにはノー問題。
テーブルに置いたトレイには、ほかほかのから揚げが山盛り。
アイのファンだという調理師のおばちゃんのサービスだろう。
わたしの食事を覗きこみ「それだけしか食べないの!?」とガハハと笑いながら合掌し、から揚げの山に箸を突っこんだ。
もう、あきらめの境地のわたしは、あまりその豪快な食べっぷりを見ないようにし、さっさと済ませて席を放れようと、自分の食事に専念。
にしても、から揚げの香ばしさが鼻につき、苛だちが募る。

から揚げは、わたしの大好物。
でも、小食とあって思いっきり口に放れないし、胃もたれをしやすいから、ひんぱんに食べられない。
そのことをアイは知っているはず。
なのに、わたしの目のまえで「おいしー!」とうっとうしいほど、はしゃいで、小気味いい咀嚼音を聞かせるなんて、いやがらせをしているとしか。

ほんとうは、わたしを、きらっているのでは・・・。
アイに対してだけでなく、マイナス思考な自分にも嫌気がさしてきて、食事半ばながら、箸を置き、立ちあがろうとした。
そのとき。

「ゴリッ」と耳障りな音。
思わず顔をあげると「あれ?」とアイがゴリゴリと咀嚼。
小皿を口元に持っていき、口をすぼめて噴きだしたのは、ビービー弾のような、白く丸い粒がいくつか。
音からして、固いのだろう。
鳥の軟骨にしては、もっと白く艶があり、これは、まさか・・・。
アイの歯が削れたもの?

「そんなバカな」と思いつつ、でも、笑いとばせなくて「なにそれ!?」と聞くこともできず、口を開けたまま硬直。
わたしが戦慄しているうちにも「ん?」「むむ」「うう」とゴリゴリと頬を揺らしては、小皿に噴きだされていく白く丸い粒。
小皿に山盛りにしたところで「見て見てえ!」と嬉嬉として、口を開けて見せた。

「わたしの口の中、ブラックホールみたいってよく云われるけど、歯がなくなったら、余計にそれっぽくない?」

たしかに歯が一本もないアイの口内は黒黒として、見ていると吸いこまれそう。
口内の闇に震えあがりながら「歯が、ぜんぶ、抜けた・・・?」とあらためて絶句。
一方でアイはうきうきとしたもので「歯がないほうが飲みこみやすそう」とから揚げが盛られた大皿を持ちあげた。
勢いよく大皿をかたむけて、から揚げの山をどっと口内に滑らせて。
一つもこぼさず、頬を膨らませないで、咀嚼をしなければ、喉を鳴らすことなく、腹に流しこんだらしい。
「うわあ!めっちゃ楽じゃん!」と浮かれて、大皿も茶碗もコップもトレイも、つぎつぎと口内の闇に吸収。

わたしの食事もトレイごと、一気に飲みこんで「お腹空いた」と立ちあがったなら、テーブルと椅子にかぶりつきだす。
わたしと、わたしが座る椅子をのこし、社食のあらかたのものを頬ばったら今度は調理場へ。
「アイちゃん、どうしたの?」と寄ってきた調理師のおばさんを頭からパクリ。
あっという間に体丸ごと口内におさめると、悲鳴があがり、それに引き寄せられるようにアイは奥へと。
調理場が騒がしくなることしばし、すっかり静かになったところで、一旦フロアにもどってくるも、すぐに出入り口からでていった。

そのうち、出入り口から聞こえてきた阿鼻叫喚。
会社の人たちが無差別に大量虐殺されているような。
といっても、この社食は働き場からすこし放れているに、家でよその喧嘩に耳をかたむけているような当事者意識のない感覚が。
会社が壊滅していくさまを、遠い目をして聞いていたが、もちろん他人事では済まされない。

遠い戦場が静まり、すこしして出入り口にアイが再出現。
でていったときと変わらず、口の隙間から底なしの闇を覗かせつつ、にこにこして疲れていなさそうだし、髪や服を乱してもいない。
スキップするような足どりで、座ったままのわたしの目前にきて、屈託なく笑いかけた。
「最後にわたしか」と腹をくくったというより、いまだ呆けたまま、見つめかえすも、無関心そうに目がそらされて。

どうしてか、自分の掌をしげしげと見つめるアイ。
訝しむ間もなく、肘まで丸飲み。
思わず「ちょっと!」と二の腕をつかんだものの、やおらふり向いたアイは、やけに穏やかな顔つきで「キーちゃん」と。

「わたしの大食い『キモイ』『ないわあ』って嫌悪する男の人がいるの。
で、こうも云われた。
慎ましく食べるキーちゃんのこと指差して『すこしは見習ったらどうだ?』って」

雷に打たれたように目のまえが真っ白になり、力なく腕を放すと、そのままふらふらと椅子に座った。
目を見開き、声なく口をぱくぱくさせる、わたしに「ごめんね」と眉尻を下げて笑い、肘から脇までパクリ。
手足を食べつくし、寝そべりながら折りたたんだ上体を頬ばっていく。
心臓を飲みこむと、目を見張って顔を強ばらせ、そのあとは瞬きせず、表情筋を微動だにせず。

絶命したのだろうが、機械的に口は開閉しつづけ、とうとう頭だけに。
さすがに顔は食べようがなくてか、やっと事切れたのか。
食べるのが至福とばかり、顔をほころばせる生首が床にごろりと。
おもむろに椅子から放れて、ひざまずき「ばかね」と生首を抱きしめて囁いた。

「わたしも、アイもわるくなかったのに・・・そうでしょ?」

小食のわたしと大食いのアイ。
友人として親しいながらに、食については相容れないところがあって、こうした悲惨な結果を招いたわけだが、案外、わたしは今、幸せだ。


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