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【シマスポに出来る事は何なのか。スポーツの垣根を無くす為に。】

今回は、スポーツの力をもって島根県を盛り上げることを理念に添える「シマスポ」代表の現役大学生(休学中)・勝部裕三郎さん(21)に取材させて頂きました。

安易にこの言葉を使いたく無いが、

学生を侮ってはいけない。

シマスポ」とは一体、何者なのか。

――「シマスポ」を立ち上げることになった経緯を教えて下さい。

「とある同級生が開催するイベント『share fes』に参加したことがきっかけなんですが。率直に言うと焦りを感じたんですよ。多くの人たちを巻き込んで、その人たちにしっかりと価値を提供していて。その姿を見て、このままではいけないというか、僕も何かやってやろうと思い、自分の好きなスポーツでイベントを開催しようと。それでその後『シマスポ』を立ち上げさせて頂きました」

――友人の躍進が勝部さんを動かすことになったんですね。

「そうですね。勢いの部分があったので、色々と模索しながらではあったんですが、特には僕の故郷である隠岐の島の子の子たちが経験したことのないようなスポーツを体験できる場所を提供しようというビジョンに少しずつ固めていきました」

――なるほど。そのようなスポーツイベントを開催するにあたって、まずはどういったことから取り組んでいかれたんですか?

「絶対に一人では出来ないので、仲間集めから始めましたね。大学の友人たち一人一人に声をかけ、自分のビジョンを打ち明けていきました」
「あとはどのようにして周りを巻き込んでいくかですね。その当時、僕たちがやろうしていたイベントというのは隠岐の島の小学生を対象とした『バブルサッカー体験イベント』でした。そのなかでどういう風に広告を打ち、集客まで繋げるのかを考えました」

――確かにそうですね。イベントをやるは良いものの、人が集まらなければ意味が無い部分もありますからね。どのように仕掛けたんですか?

「まずは小学生をターゲットにチラシを配りたいと考えて、教育委員会に協力をお願いすることにしました。そのなかで、その方たちに向けて自分たちがやろうとしていることに対し、共感して頂こうと。企画書を作って、メールして、直接会って、プレゼンして。その中で有難いことに自分たちのビジョンに想いを寄せてくれて、協力して頂くことになりました」

――素晴らしいですね。その「バブルサッカー」のイベントではどれくらいの小学生たちが集まって来てくれたんですか?

「60人もの小学生に参加頂いて、なんとか開催を成功で終わらすことが出来ました」

――右も左もわからない中で、よくそこまで漕ぎ着けましたね。
それらスポーツイベントは無償で行ったんですか?

「そうです。大学には自主的にこのような地域に貢献する活動を行っている団体や個人に支援するという制度がありまして。そこに申し込んで、これも企画書から面接までいくつかの審査を通過し、支援して頂くことに」

――なるほど。
他にはどのようなスポーツイベントをやられたんですか?

「車いすバスケの体験イベントを行いました。これは自分が車いすバスケを体験したことがあったんですが、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。ただパラスポーツだからなのか、この競技自体が広く知られていない。面白い競技なのに。そこに問題意識というか、素直にもっと知ってほしいという事で開催しました」

――確かにそうですね。
僕自身もその競技自体のことは知っていましたが、体験したことは無いし、身の回りのメディア上であまり目にすることは無いですね。

パラスポーツだからといって、健常者は行ってはいけないというルールは無いし、シンプルに競技として楽しいんです。
また、ある時に自分たちの活動に目を付けて頂いたとある小学校で講義をさせて頂いたことがあって…」

――そこではどんな講義を?

「パラスポーツの現状について、講義をしました。健常者スポーツと何ら変わりのない魅力を持ったスポーツなのに、世間の関心やメディアへの露出度が低いのは何故なのか。どうしてもオリンピックの方に興味関心が向けられるのは何故なのか。
パラスポーツは障害者だけが行うスポーツでは無いということ。これらの問題が何故起こっているのかということを一緒に考えました」

――ハイレベルな講義ですね。
そこで考えた結果、どのような原因が挙げられましたか?

「例えばそのクラスの中で一番足が速い人を捕まえてその子に『例えば君が誰もいない校舎で、あのウサインボルトと全く同じタイムで走ったとしよう。君は有名になる?』と、問いかけたんです。もちろん答えはノーですよね。いくら高いパフォーマンスを、いくら魅力的な競技がそこにあったとしても、誰にも見られないと価値が生まれない。そういう話がでました。まさにパラスポーツの問題そのものだなと僕自身も勉強になりました」

――見てもらう、もしくは、知ってもらうきっかけを作るためにはどのようなことが必要ですかね。

「そこの部分に関して僕自身もまったく答えを持っていない状態なので、今も考えているんですが、スターという考え方があって。やっぱりサッカーにしても、野球にしても、ラグビーにしても、注目度の高い競技というのは、世間のみんなにその競技を知ってもらう為の声を挙げられるスターがいたと思っいて、おこがましいんですけど、そういった選手が出てくればもう少し認知も広がるのかなと思います」

――スターを創るという点でいうと、その選手自体のポテンシャルが本当に凄く、ナチュナルにスターへの道を駆け上がるパターンもあれば、ある程度メディアの力が働いてスターが創り上げられるというパターンもあると思います。そこについてはどのようにお考えですか?

「まさにそうですね。何故去年行われたラグビーワールドカップで、日本代表があれ程の人気を獲得出来たのかといと、そこに物語があったからだと思うんですよ。あの当時、本当にラグビーのルールを理解していた人は少なかったと思うんですが、『one team』と言われていたように、そこに物語があって、人間味があったからこそ、人気が広がっていったんだと思います」

――それで言うと、語弊を恐れずに言うのであれば、パラスポーツには様々な物語が詰まっているように思えます。僕自身もこの議論に対しての正義が未だに掴めていないのですが、そこについてはどのようにお考えですか?

「これからもも日々勉強なんですが、風潮的に可哀想と思う気持ちがあると思うんですよ。障害者イコール気を遣う存在。このような捉え方が現実的にありますね」

――そう思ってしまうこと自体に問題があるし、そもそも今の僕の『思ってしまう』の“しまう”という表現にも問題がありますね。根本的な概念からの改革が必要みたいです。

とにかく、マイナースポーツからパラスポーツまで、これら以外にも様々な取り組みを行ってきた「シマスポ」なんですが、運営してきた勝部さん自身にはどのような学びがありましたか?

「いくら頭で考えていたところで、それを実際に現実に落とし込まないと意味が無いということですね。個人的なテーマとして、『二つ返事でやる』いう事があるんですけど、本当に機会があるところにはすべての場所に出向きました。
選択と集中』という言葉があるように、物事は取捨選択する術も覚えないといけないんですが、まだその判断材料が無いので、すべてやりました

――仰るとおりですね。取捨選択するのにも、判断材料が必要ですから。
「シマスポ」や勝部さんは今後どうなっていくんですか?

「そうですね。『シマスポ』に関しても僕個人に関してもまだまだ模索中ではありますね。『シマスポ』の活動をより拡大させていく為に法人化するという選択肢もありますが、正直そこまで踏み切れていません。ビビってます。笑
ただ、ある知人から『ビビっているという事は、自分のコンフォトゾーンを抜け出している証拠だし、その取り組みに価値があるということだよ』言われて、いま考えている真っ只中です」

――最後に勝部さんの今後を教えていただけますか?

「まず自分の夢としては死ぬまで目を輝かせながら、ワクワクしながら生きていきたいです。
そのためには本当に自分が好きで、ワクワクすることをチョイスしなければいけないのですが、けっこう安易に自分の進路を決めちゃっていて、休学することにしました。
だから今はそれこそオンラインで色んな人と話をしたり、インターンに参加したりしながら、『自分が何にワクワクするのか』を真剣に問いただしていこうと思います」

――有難うございました。

自ら団体を立ち上げ、走りながら、首を振り、走っていく方向を定める。

その中で新たな問題意識が現れる。

健常者スポーツと障害者スポーツの間には、一見無いようで聳え立つ壁があるという事。

取材する人として、失格なのだが、僕自身に障害者スポーツに対する意見が右にも左にもなかったので、議論が進まなかった。

しかし、収穫は僕の中にある。
今後取り組めていけたらと思う。

自分は何に対してワクワクするのか。

勝部さんは今後も誰よりも自分の感性に正直かつ冷静に行動し、
継続的にコンフォトゾーンを抜け出して行くだろう。

最後まで読んで頂き有難うございました。