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【アジア横断バックパッカー】#46 9ヵ国目:インド-アムリトサル→パキスタン 「パキスタン」入国 パスポートを見たがる男たち
宿のすぐ前のバスターミナルへ向かい「アタリ・ワガボーダー」行のバスに乗り込んだ。ネパール国境越えの時の失敗を踏まえ、1番後ろの席には座らない。「アタリ」はパキスタンとの国境に位置するインドの街で、「ワガ」はパキスタン側の街である。どんどん人が乗り込んできて、すぐにバスは出発した。
やかましいアムリトサルの街を抜けると田園風景になった。静けさに心が安らぐ。途中で人が乗り降りした。高校生くらいの青年が4人乗り込んできたが、みなきちんとターバンを巻いていた。
アタリの街に到着する。バスはここまで、国境へは自力で行くしかないが、足の心配は無用だった。バスの外でリキシャーの運転手が中を覗き込み、旅行者を探しているのだ。旅行者は僕しかいない。すぐにひとりが寄ってきた。国境まで50ルピーのところを30に値切り、リキシャーで向かってもらった。国境まではひたすらまっすぐな道である。座席は狭く、ザックを背負ったまま乗ってしまったので背中がつっかえ、落ちないように足を踏ん張らなければならなかった。
国境でリキシャーを降り30ルピー差し出すと、運転手の青年は首を傾げ「あれ、40じゃなかったっけ」と言った。笑ってやり過ごすと青年も笑った。自分もずいぶん慣れたものだと思った。
すぐ近くに検問所のようなところがあり、軍服らしき服を着た男が3人ほど立っていた。パスポートを提出すると彼らはなにごとかを控え、パスポートを返してくれた。
検問所の向こうには広大な敷地が広がっている。歩き出すと男に呼び止められた。何か不備でも…と不安になったがただ単に道を教えてくれただけだった。
案外涼しい。高地なのかもしれない。インド出国管理事務所に入るとき荷物検査があった。
建物の中は薄暗く静かだった。目の前に両替所があったのでインドルピーをパキスタンルピーに両替し、さらに奥に進む。
出国審査はあっさりしたものだった。さらばインド。うんざりしていたが、やはり一抹の寂しさがある。
荷物のX線検査機があったが動いていない。だが荷物はここに置いて、そこで待ちなさいとやや離れた椅子を示された。荷物から目を離すのは気が引けたがしょうがない。
ここまでくると人の姿が見え始めた。みんな僕と同じように椅子に座ってなにかを待っている。
しばらくすると呼び出された。パスポートを提出しいろいろ訊かれる。
「ブッダガヤには行ったかい」
バラナシ行の鉄道で停車したのを思い出す。
「いや、行ってない」
「それはもったいない。聖地なのに」
パスポートが返された。やっと動けるようだ。荷物を受けとり進もうとすると待っていた人々が外を指さし、急げ!と口々に言うので訳も分からず慌てた。
外にバスが停まっていて、パキスタンの入国管理事務所までそのバスで行くようだった。そのバスがもう動き出していたのだ。駆け寄るとドアを開けてくれ、なんとか乗ることができた。
車内は家族連れが多い印象だった。珍しいであろうアジア人の僕にも一瞥をくれただけで、車内は静かである。
バスがパキスタン側につき、わらわらと皆が降りる。荷物を囲んで何やらやっていたので、僕も何となくその輪に加わったが、君は行っていい、と言われたのでひとりで歩き出した。
インドとパキスタン国境は小ぶりの競技場のような作りで、階段状に観客席がぐるりと囲んでいる。なぜ国境に観客席が、と思うが、夕方国境が閉じるとき大規模なセレモニーが行われるのだ。インドとパキスタンがお互いの勢力を誇示するために、それはそれはにぎやかなセレモニーが開かれるらしい。
だが今はだれもいない。しんと静まりかえっている。振り返るとパキスタン建国の父、ムハンマド・アリ・ジンナーの肖像が掛かっていた。
競技場を抜けると軍服らしき服を着た男(軍人だろうか?)が立っていた。またパスポートを求められる。やることがないので適当に旅人を呼び止め、適当にパスポートをあらためているのだ。
「君はいくつだい」
男に尋ねられた。
「25」
男は意外そうに僕を見下ろした。
「俺は21だ」
パスポートを返される。僕も意外に思って彼を見上げた。21には見えない。30歳くらいに見える。彼に限らず外国人の年齢と言うのは外見から分からないものである。
遠くに入国管理事務所があるばかりで、後は草原が広がっていた。事務所に向かって歩いて行くと向こうからイスラム服を着た男が歩いてきた。
「両替は済んだかい」
胡散臭い風体であるが、もう済んだよと言うとすぐに離れて行った。闇両替商らしい。
管理事務所内も人気がなくしんとしている。係官の女性2人が世間話をする前で書類を記入し、またも荷物検査である。書類はろくに見ていない。
その先には何の目的なのか分からないが、おっちゃんが5人ほど並んで座っていて、またもパスポートを見せろ、と言う。
「父親の名前は?」
言うとその通りノートに記入している。さっきの青年と同じで、なんの意味もないのだろう。あっちでパスポート、こっちでパスポート。なんだか次第にイライラしてきた。
「ラホールにはどの位いる予定なんだ」
「1日、明日には発つよ」
僕はわざとそっけなく答えた。尋ねたおっちゃんは眉毛がつながっている。
「1日?それじゃ駄目だ、1週間くらい居ろ」
「ラホールから次はどこに行くんだ」
おっちゃんたちはペットボトルの水を回し飲んでいた。(口をつけずに飲むのがイスラム風である)そのペットボトルが差し出された。
「君も飲むかね?」
水は持っているからいい、と断った。やっとパスポートが返された。
外にでてまた歩き出す。さっきの闇両替商の男が椅子に座ってぼんやりと僕を見ていた。この辺をうろついているらしい。
事前に調べたところによるとこの先にタクシーが停まっていて、そこからラホールに行けるようだった。
道の途中にまた軍人が2人いた。またパスポートである。片方の男がパスポートを見ている間、もう片方がタンクから水を汲み、僕に差し出した。
「水飲むかい」
タクシーがたまっているところまで少し遠い。「welcome to Pakistan」と書かれたゲートを抜けさらに歩く。
タクシー停車場と言っても、道の横に広場があるだけの簡素なものだった。ここには結構人がいる。案の定、僕を目ざとく見つけスバヤク青年がひとり近づいてきた。
「マイ・フレンド!どこまで行くんだい」
「ラホール。リーガルインターネットインって宿知ってる?」
リーガルインターネットインとは旅行者の間では有名なラホールの安宿である。というか安宿はそこくらいしかない。
「ああ知ってるよ!タクシーで行くかい、それともオート?」
国境を越えてきた旅行者を何人も連れて行っているのだろう。
「オートはいくら?」
「1000ルピー」
相場が分からないので何とも言えないが、吹っ掛けているのは明らかである。1パキスタンルピーは約1円なので約1000円。
だが交渉の余地はほとんどなさそうだった。ほかに手段がないのだ。かなり胡散臭いがこの青年の言いなりになるしかない。
800ルピーまで値切り、青年に案内されオート三輪に乗り込んだ。乗り込んだが、そこで青年が何か言い出す。よくわからなかったが、なぜか800では行けないと言っているらしかった。
「じゃあ降りる」
僕が降りようとすると青年が慌てて止めた。結局800ルピーで行くことになった。
だが走り出してから、1番小さい紙幣が1000ルピーなのを思い出した。しまった、お釣りがないと逃げられるかもしれないと思ったが後の祭りである。(続きます)