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【アジア横断バックパッカー】#49 9ヵ国目:パキスタン-ラホール ラホール空港深夜3時、航空券もらえず

 夜の8時、同じ宿の日本人夫婦に見送られ、僕は夜のラホールへ歩き出した。風景は見慣れているが、夜は緊張する。
 
 通りでオート三輪を捕まえ、空港まで行ってもらった。9時前に着くはずだった。深夜3時の便で夜9時に空港に着くのは早すぎるが、遅くなってから街に出たくなかった。空港なら数時間は余裕で待てる。

 さあ空港についたぞ、と下ろされたところは空港から結構離れていた。歩いて行かないといけないらしい。看板と勘を頼りに歩き出す。途中若い男たちがたむろしていたので方向を訊いた。
 指さされた方へ歩くと後ろから足音が追いかけてきた。振り向くとさっき道を訊いた男が立っていた。
 なんだなんだ…警戒していると彼がスマートフォンを取り出した。
「一緒に写真を撮ってくれないか?」
 なんだ。ここでも僕は有名人らしい。
 空港はかなり遠かった。見えてはいるのだがぐるりと回りこまないといけない。やっとの思いでたどり着くと向かいから男の集団がわらわらとやってきて、歓声とともに囲まれる。次は俺、次は俺の携帯で撮ってくれ…。
 悪い気はしない。いや、うれしいものである。だがちょっと怖い。

 空港につくと、まず余ったパキスタンルピーを米ドルに両替した。建物に入る長い列ができている。さて僕も中に、と思ったが、入り口で止められた。まだ時間が早すぎて入れないらしい。
 周りを見ると喫茶店のような待合室があった。とりあえず時間はつぶせそうだった。歩いて行くとバックパックを背負ったアジア人が先に入るのが見えた。おや、あれは日本人だぞと僕は気付いた。
 ちょっと様子を伺っていると向こうも僕に気付いた。
「日本人ですか?こんなところで偶然だ」
 男性は30代、某全国紙のニューデリー支局長・M氏であった。その全国紙は実家で購読していたので一気に親近感がわいた。
「すごいですね、支局長なんて」
 頂いた名刺を見ながら言うとM氏は笑った。
「一人親方ですよ。僕しかいないんです」
 パキスタンでの取材を終え、これからドーハ経由でバングラディシュに飛ぶらしい。偶然ドーハまで一緒の便だった。

 M氏も昔バックパッカーの経験があったようで、話しているうちにあっという間に時間が経った。コーヒーとサンドイッチまでごちそうしていただいた。
 12時をまわり、空港内に場所を移すことにした。
 横長の建物内に航空会社のチェックインカウンターがずらりと並んでいる。国際空港だが規模は小さく、やっと見つけたベンチにM氏と並んで座った。まだカウンターは開いていない。僕は楽なビーチサンダルに履き替え、M氏はパソコンを開いて仕事を始めた。何となく新聞記者の仕事に興味があったので、行儀が悪いと知りつつも僕は横からちらちら様子を伺った。
 カウンターが開くと、すいているうちにチェックインした方がいいだろうと、僕とM氏はバックパックを担いだ。並んでパスポートを出し、バックパックを預ける。M氏の手続きが終わり、僕の番になった。男性のスタッフは僕のパスポートをスキャンすると口を開いた。
「Eビザは持っている?」
 Eビザ、つまりネット上で申請するビザの事である。僕は持っていなかった。そもそも必要なことすら知らなかった。
「いや、持っていない」
 僕は訝しんだ。出発前、各国の出入国ビザについてはちゃんと調べてある。イラン入国に際しては、イランの空港で公式なアライバルビザが取得できることはすでに知っていた。パキスタンビザはちゃんと日本の大使館で申請してきた。パキスタン出国の際、別のビザが必要になることはないはずだった。
「ではだめだ。Eビザがなければチケットは発行できない」
 僕は呆然とした。どういうことなんだ?
 M氏が心配しているようだったので僕はイランのビザなどについて説明した。先人たちのブログなどでの情報も調べてある。パキスタン出国なのかイラン入国なのかは分からないが、Eビザが必要だという情報はどこにもなかった。
 M氏が英語でスタッフと会話してくれている。
「よく分からないんだけど…航空会社の決まりで、パキスタンの決められた空港から出国するときは、2日前までにネットで申請しなくてはならないみたいです」
 まったく訳が分からなかった。調べてみろ、と言われ、スマートフォンで調べてみる。確かにそのようなサイトはあったが、すべて英語で書かれていたし、そもそも土台からして飲み込めなかった。
「Eビザは持っていないけれど、イランはアライバルビザが取得できると大使館のサイトにも書いてある。Eビザが必要だなんて知らないよ」
 僕は必死に説明したが、スタッフは頑としてチケットを発券してくれなかった。M氏が僕の拙い、通じているのか通じていないのか分からない英語を通訳してくれた。M氏がいなかったら確実にパニックになっていただろうと思う。
「駄目だ。チケットは出せない。あなたはイランには行けない。チケットを買いなおしなさい」
 続けてスタッフは、空港の1階に航空会社のオフィスがあるから、そこでチケットを変更してきなさいと言った。行き先を変えるか、日付を遅らせてEビザを準備してくるかどちらかにしなければならないらしい。
 呆然とする。どうしよう?イランをとばしてイスタンブールまで行こうか?ここまで1ヶ国もとばさずに来たというのに?
 M氏はまるで自分事のように心配してくれていた。
「とりあえず下に行ってみて話を聞いてきた方がいいですね。でも僕は…」
 M氏は時計を見て、それから長い出国審査の列を見た。そろそろ出国審査をしないと時間がない。
「そうですね、とりあえず行ってみます。Mさんはもう行かないとですよね」
「ええ、すみません、力になれなくて」
 僕は頑としてその言葉を否定した。異国の深夜の空港で、言葉が通じる人がいるだけでどれだけ心強かったろう。
「そんなことありません。ひとりだったらパニックになってました」
 結局どうなったか、顛末を教えてくださいねと言い、M氏は人込みの中に消えていった。(続きます)

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