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大麻グミ事件の全て①

2024年6月18日、大阪府警本部留置場からようやく釈放された。

マトリと警察に3度逮捕されて58日間の勾留が終わり久々のポストだった。

振り返って見れば2ヶ月弱と短い期間だが先の見えない逮捕勾留中の生活は酷く長く感じた。

1回目の逮捕は4月25日。

その日は朝から沖縄に行く予定で迎えのタクシーに乗り込もうとした瞬間に15人くらいが走ってきて「松本さんですよね?ちょっといいですか?」と。

近畿厚生局麻薬取締部と聞いて正直何の件だろう?と思いながらも只事じゃ無いのは分かった。

そしてそのままタクシーには乗れずに自分の部屋まで連れ戻される。

部屋に連れ戻されてガサ状を見せられる。

「今からこの部屋を捜索します」と。

試しに断ってみると部屋の中の電子機器の電源を抜かれて、ああこれは強制のやつね。

この後はきっと…と予感させられる。

20分ほど捜索した後にいよいよ本題、「あなたに逮捕状が出ています。医薬品、医療機器〜」続きは忘れたがそんな罪状だった。

そして逮捕状の中身を見てみると昨年の11/20に自分がHHCを所持販売した事になっていた。

確か当時はHHCHを売っていたはず。

HHCなんてありえない。

HHCは2年近く前の話じゃないのか? しかし詳しい話はまだここでは教えてくれない。

そのまま手錠をかけられてマトリの事務所まで連行される。

生まれて初めての逮捕。

不安とこれからどうなるんだろうという気持ちで心臓の鼓動が早まる。

手錠と腰縄を巻かれたまま連行されて1畳ほどの窓も無い部屋へ入れられる。

取り調べの開始だ。

HHCに関して根掘り葉掘り聞かれるが自分としては全く理解が出来ない。

逆に聞いた。

「何でHHCが出てるんですか?自分が販売していたのはHHCHです」と。

マトリの答えは「商品から複数の成分が出ています。

今回の案件に関してはHHCが出ています。

取り敢えず今日は留置場で一泊してもらいます」との事だった。

何だこの含みのある言い方は? 俺はこれから一体どうなるんだ?

逮捕当日のマトリの取り調べは4時間ほどで済んだ。

30分毎に色んな人が調べ室に入って来てそれぞれが「罪を憎んで人を憎まず」や「いずれ必ず元の生活に戻れるので更生してください」などと俺の自供を取ろうとしてくる。

だが全く身に覚えのない事実なのでお気遣いありがとうございます。くらいしか返事が出来ない。

そうしてその日は夜8時頃に大阪府警の留置場へ連れて行かれる事となる。

ここからが試練の始まりだった。

朝7時から逮捕されて留置場に連れてこられたのは夜8時過ぎ。

入る前にマトリから「ここは洗礼があるから」と一言。

到着しエレベーターの扉が開くと耳をつんざくような大声で怒鳴られる。

声張り過ぎて何言ってるか分からなくてポカンとしていると、少し恥ずかしそうな顔で「こちらを向いて立ってください」と。

多分最初が肝心なのでビビらせる魂胆だったんだろう。

効いてなくてごめん。

そのあとは手続きがあり、衣服を脱ぎけつの穴までしっかり見せて3畳ほどの窓無し洗面無しのせんべい布団しか無い部屋にぶち込まれる。

「今日は取り敢えず寝て下さい」との事。 全てが初めてづくしの長い1日だった。

逮捕の翌日。

留置場の臭い布団から出て朝の歯磨きと洗面に連れて行かれる。

朝ごはんの前に歯を磨くの?と聞いたが「こういうきまりなので」としか答えてくれない。

ここは昭和で時が止まっているようだ。

留置場に入れられた人は知ってると思うがここは自殺防止の為24時間電気が点灯していて部屋の中は布団とトイレットペーパーしか置けない。

文字通り何にも無い。

そうこうしているとマトリの迎えがやって来た。 「今日はこれから検察庁と裁判所へ行きます。」

続く〜

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