ティクと10分の1BTC
ティクと10分の1BTC
僕の生活は、朝の葡萄畑から始まり、夜のフードデリバリーで終わる。
小さな田舎町の風景が毎日同じように流れ、日々の忙しさにかまけて自分がどんな人間になりたいのかさえ忘れかけていた。
そんな僕の単調な毎日に色を与えてくれたのが、YouTubeでたまたま見つけたティクという女性配信者だった。
第一章:日常とティクの笑顔
ティクの動画は明るく、どこか不器用だけど、人を惹きつける魅力があった。仕事の合間に見る彼女の配信が、僕のささやかな癒しだった。
そんなある日、彼女が配信でこんなことを話した。
「私、フルーツが大好きで、特に葡萄って特別な感じがしていいよね!甘くてジューシーだし、なんか可愛い!」
画面越しに無邪気に笑う彼女の言葉を聞きながら、僕はふと家業の葡萄畑を思い出した。
「ティクに、うちの葡萄を食べてもらえたら……」
その考えが頭を離れなかった。けれど、ティクは画面の中の存在だ。現実で会うなんて、考えたこともなかった。
ところが、そのチャンスが訪れる。彼女が配信でイベントを告知したのだ。
「来週、〇〇駅近くでファンミーティングやります!皆さんに会えるの楽しみにしてます!」
心臓が高鳴った。僕の葡萄を直接届けられるかもしれない。
第二章:初めてのリア凸
イベント当日、僕は畑で収穫したばかりの葡萄を丁寧に箱詰めし、それを持って現地へ向かった。普段作業着で過ごしている僕にとって、こうした人が多い場所は少し居心地が悪かったが、緊張を押し殺して列に並んだ。
順番が回ってくると、目の前にはティクがいた。画面越しと変わらない、いや、それ以上に輝いて見えた。
「ティクさん、これ、家で作った葡萄です。よかったら食べてみてください。」
僕が差し出すと、彼女は目を丸くしてからふわっと笑った。
「えっ、すごい!ありがとうございます!葡萄、本当に大好きなんです!」
彼女は葡萄の箱を抱きしめるように持ち上げ、僕を見てこう言った。
「こんな素敵なプレゼント、嬉しすぎます!」
その瞬間、彼女が少し近づき、軽くハグをしてくれた。
心臓が跳ねた。これは夢か?現実か?
第三章:贈り物とガチ恋の日々
それからというもの、僕はティクのイベントがあるたびに足を運んだ。初めてのプレゼントが思いのほか喜ばれたことで、自分が少し特別な存在になったような気がしていた。
次のイベントでは、配信で彼女が「可愛い」と言っていたぬいぐるみを持って行った。
その次は、また畑で丹精込めて育てた葡萄。
「毎回すごいですね!ありがとうございます!」
そう言いながら笑顔で受け取ってくれる彼女に、僕はどんどん惹かれていった。けれど、リア凸を続けるうちに、1BTCを買うために貯めていたお金がどんどん減っていったことには気づいていなかった。
第四章:破綻の始まり
いつしか、彼女の喜ぶ顔が見たい一心でプレゼントの金額がエスカレートし、配達の仕事もお金を捻出するための手段になった。そんなある日、ふとスマホでビットコインの価格を見て驚愕した。
「こんなに上がってる……もう1BTCなんて買えない。」
それでも、ティクへの想いは止められなかった。彼女が住んでいるエリアがなんとなくわかると、用もないのにその辺りをうろつくことさえあった。
これが間違いだった。
彼女のファンコミュニティで、「最近、ティクの周りに怪しい男がいる」という噂が立ち、僕の存在が浮き彫りになったのだ。
「ごめんなさい、ちょっと怖い思いをしてて……」
配信での彼女の言葉に、僕は全身が凍りついた。
第五章:どん底と再起
彼女の配信を見続けることさえ怖くなり、僕は完全に彼女との接点を絶った。何もかもが空虚だった。
そんな中で、ふと畑に目を向けると、収穫間近の葡萄が風に揺れていた。
「俺には、これしかない……」
その日から僕は、心を無にして働くことにした。葡萄栽培に没頭し、フードデリバリーでも休む間もなく配達を続けた。収入の一部を少しずつBTC購入に回し、やがて0.1BTCを手に入れたとき、久しぶりに心が満たされた気がした。
第六章:和解の瞬間
しばらくして、ティクが配信に戻ってきた。勇気を出してコメントをすると、彼女がそれに気づいて微笑んだ。
「久しぶり!元気だった?」
配信後、久々にイベントにも参加した。彼女に渡したのは、畑で育てた葡萄。
「以前はごめんなさい。迷惑をかけてしまいました。でも、これ、また食べてほしくて。」
彼女は驚き、次にふわっと笑って言った。
「気にしてないよ。また来てくれて嬉しい!ありがとう!」
その言葉に救われた僕は、これからは焦らず、自分のペースで彼女を応援し続けようと思った。
エピローグ
0.1BTCを手に入れるまでの道のりは決して簡単ではなかったけれど、それは僕にとって新しい人生の始まりだった。そしてティクとの距離感を大切にしながら、僕はこれからも畑の葡萄を育てていく。
時折、彼女がまたあの笑顔で「ありがとう」と言ってくれる日を夢見ながら。