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きょうのにっき 2024/11/7
急に寒くなった。
狂ったようにマッチングアプリで片っ端からいいねをしまくっているのは寒さで人肌恋しくなったせいだということにしている。
夏は夏で露出も増え気持ちも開放的になりムラムラしてくるのも確かだけど、冬の寒さや日の短さくる不安、孤独感、人恋しさからくる出会いへの切実感はまた特別である。この人恋しさの原因をもう一つ推察すると、先日の結婚式で友人達と密な時間を過ごした後遺症かもしれない。だいたい人と楽しい時間を長く過ごした後はいつもそう。近い距離感というのは人を狂わせるのかもしれない。
とはいえ寒い寒いと肩をすぼませなんか寂しいな孤独だなんて近所のスーパーへ向かう僕は数多の映画やドラマで観たおひとりさまの主人公に自分を投影させ酔っている節もあり、真の孤独というものをまだ知らないのだろう。孤独(仮)に酔えるうちは自分の世界に浸っていればいいとやや突き放した目線で自分のことを分析してみる。
昨日買った朝井リョウの新刊「生殖記」を一気に読み終えてしまった。読んだ後無傷で済まないでお馴染みの朝井リョウ、帯にもあった「正欲」の衝撃ふたたびみたいなキャッチコピーに嘘はない、脳天を突かれるかのような衝撃があった。
新刊なので極力ネタバレは避けるが、是非ゲイ男性には一読してほしい。あの国会議員でいうところの「生産性のない人間」である我々同性愛者。生き物として種を存続させていくためには生殖活動を行い新しい遺伝子を残していく必要があることも確かに事実。ではそんな生き物としての生殖本能の枠組みから外れて生きる我々が異性愛者ベースで進む社会で社会参加をし、生きていく意味とは?みたいなとこを問うた結構食らう作品だった。
正直、いろんな綺麗事の欺瞞を暴くような内容に頷いてしまう部分もありつつ、この作品で主人公(?)が行き着く結論に共感しきれない、しきってはいけないと思う自分がいた。ていうか、自分はいくらこの社会が自分にとって生きやすい形でなかったとしても社会との繋がりを諦めてしまったらとても生きていけないと思うからだ。そもそも、性的指向においてはマイノリティーであるというだけで、その他の部分においては全然多数派に属することも多い自分が一方的に被害者面して社会への憎しみをつらつら言う資格があるとか、などと思ってしまうのだ。
この本では、ある斬新な今までに見たことのない「ある視点」からの語り口で語られるのだけれど、確かに動物としての生存本能とかそういったのが確保された状態で生きる意味とか目的とかそういったことで悩めるヒトって贅沢な存在かもなぁなんて思ったりした。急遽僕がこの人生において何をして何を考えて生きようが地球全体にしてみればなんら影響を与えないのだ。もっとシンプルに死ぬまで寿命を全うするだけ、という考え方がごちゃごちゃ考えすぎる自分を救うことがあるのかも、と思った。人恋しい、という話から始まりなんか哲学に行き着いて終わるこの文章の情緒は不安定すぎるしきょうのにっきにしては読みづらすぎる。それもこれも急に寒くなったせいだ。