タイム・イズ・ランニング・アウト 〜NRIPS(エヌリプス)特務隊の事件ファイル〜
部屋に入って、少したって
レモンがあるのに
気づく 痛みがあって
やがて傷を見つける それは
おそろしいことだ 時間は
どの部分も遅れている
『北村太郎詩集』「小詩集・1」より
第一話
File.1 初任務 (1)
—2019年 4月中旬—
K県T市・市内中心部から少し外れた路地裏の廃墟ビル一階にて、奇妙極まりない変死体が発見された。
被害者 は現場と同じT市内に住民票登録のある、至極一般的な会社勤めのサラリーマン男性。鑑識及び司法解剖の結果から、どうやら仕事終わりに一杯引っ掛けたその帰り道を襲われたらしき死亡推定時刻、そして直接の死因は失血死という事が判明した。
歪な形の座布団のように、遺体の真下に広がった血糊。
遺体周辺の窓・壁・瓦礫といったあらゆる物へ向かって拡散した血飛沫。
夥しい量の血痕、凄惨な現場風景。
ガイシャの遺留品からは財布だけが見つかっておらず、状況的には物盗り〜その延長線上での殺し、というスジの読めそうな一件だった。
(言葉は悪いが)よくある強盗殺人としか思えないこの事件の、一体何が不自然か?
それは、この遺体からは失血の直接原因となったであろう外傷が全く見当たらないという点にあった。
こういった現場の状況から鑑みるに、遺体が無傷だなんて事は常識的に有り得ない。仮に考えられるとすれば、別人の死体とすり替えられたという可能性。だが現場に残されていた血液はガイシャ本人のもので間違いないという鑑定結果も明らかとなり、これにて遺体そのものの交換という線も消えた。明らかな点はただ一つ、犯行に用いられた凶器は全く以って不明、という事だけ。
「これは我々捜査一課の手に負える案件ではない、、、彼らの出番だな。」
稀に遭遇する猟奇殺人の類いとは断じて異なる、そう直感した特別捜査本部長・鮫島の判断は正しかった。そしてすぐさま彼らに出動要請の連絡を取る。
そう、彼らとは、NRIPS(科学警察研究所)・特殊任務機動隊のこと。
スマホが奏でる無機質な呼出音のリピートを聞きながら、鮫島は心の中でこう呟いていた。
(これは間違いなく、時空間干渉犯罪だ。)
☆
——その5日後、T市内のA建設会社、敷地内。時刻は20:10。——
被疑者(マル被)の割り出しは比較的容易く完了していた。佐藤 喪舞男(さとう もぶお)、26歳、男性、右利き。A建設会社と同じ工業地区内に存在するD工務店に勤務。佐藤には過去、傷害事件を起こした事による中等少年院への在院歴があった。D工務店での勤続期間は約一年半、勤務態度は良好との事。
佐藤をマル被認定するに至った要因は以下の二点。
・ 件 の遺体に残されていた、微かな手掛かり。
・恐らくは犯行の下準備の為であろう、A建設会社敷地内への侵入の痕跡。
九分九厘、この二つが佐藤本人の 生体認証 と一致する——勿論、NRIPS(エヌリプス)特務隊だからこそ可能となる容疑者特定方法である事は言うまでもないが(長くなるので後ほど詳しく説明しよう)——と判定された事が、その決定打となった。
「こちら現場の新谷。マル被はまだ現れず。特殊任務 開始予定5分前。このまま待機します、どーぞー。」
この春にNRIPS(科警研)特務隊に入隊——否、裏口入隊(笑)と表現するのが正解か——したてホヤホヤの新谷 隼人(しんたに はやと)は、特務隊専用の通信デバイス・幻響回線(ファントムライン)で可能な限り明瞭に、且つ、小声で本部に向けての通常報告を行った。
「そろそろね、、、あら、ハヤト君随分緊張してない?なんか声がヒステリックに聞こえたわよ。」
今回の任務遂行には現場要員 二人一組 のみで充たれ、との隊長からの命令だ。初任務の隼人にとってそのバディ要員となる、特務隊員歴六年のベテランである江里口 美或(えりぐち みあ)は、そう言って隼人を少し揶揄 った。
既に「社長秘書」ライクなパンツスタイルのスーツ姿に変装済みで、会社内へと潜入・待機している江里口。彼女には新米隊員・隼人の業務報告が、余程ぎこちなく聞こえたようだ。
「ハイ、美或センパイ。正直ビビってます。大失敗をカマしてしまったら、フォローをお願いしまッス。」
やはり小声でそう通信を返す隼人。
彼の待機場所はA建設会社の脇に設置されている二段式の大型倉庫、その屋根の上。会社正面玄関からは約15メートル程離れた位置にあり、今回の遂行計画の見張り場所としては正しくうってつけのポイントであった。何故か?
理由は少しだけ傾斜が付けられたタイプの屋根で、且つ、完全なる平家一棟建の会社全体(社長室・会議室・オフィス等を含めて総面積はざっくりと15m × 25m = 375平米、110坪ちょっとの計算。なんとなく外観としては、やや大きめのコンビニ店舗を思わせるような建物の造りである。)を、軽く上から見下ろす事が出来たからだ。
玄関や表通りに面した窓側全般といった広範囲が 見張り役 の視界内、故に侵入者を観察する為には絶好のロケーションという訳だ。もしもマル被が“正面突破“的なアプローチで接近してくるのならば、その時は確実に隼人によって発見されてしまうだろう。逆に“裏口(非常口を兼ねている造りであった)からコッソリ”と忍び込んで来るタイプの犯人なら、その場合は江里口が応対するという手筈となっていた。
「あはははっ。どぎついブラックジョークね、それ。例えミスを犯したとしてもハヤト君がヤラレるって事は、その時は私もなす術無くヤラレちゃう可能性の方が高いわね。だってもう既に、ハヤト君の方がディガーとしての能力は私より数段上じゃないの。フォロー云々以前の問題よ。敵さんの能力の前にお手上げ、ってことになるわね。」
「ハイ、すいませんッス。」
隼人と江里口はこんな通信を交わした。
実際には、特務隊本部の事前リサーチ&シミュレーションによると、、、
プロファイリングから導き出されたマル被の能力・戦力分析においては、前述の隼人の心配など只の杞憂に過ぎないのではあるが。(だからこそ、新米の彼でも今回の任務ならば問題無し、という隊長決定になったのだ。)
それでもやはり初出動・初任務の会敵対象がいきなりの殺人犯相手。いくら味方戦力が敵を圧倒しているという見立てとはいえ、隼人にしてみればいささかスパルタが過ぎる状況と言えよう。緊張を隠し切れないのも止む無し、というところか。
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても。ハヤト君なら問題無くこなせる任務だわ。恐らくはプランAのままで任務完了となるハズよ。事前の 遂行方針 の通りに。いいわね。」
通信から聞こえてきた美或の言葉と戦術確認のおかげか、隼人は少しだけ平常心を取り戻せた気がした。
「ハイ、了解です!ここからは 幻響回線 に集中しまッス。それでは、マル被の能力確認後に。」
声の大きさに気を掛けつつ、こう返信する隼人。
「OK、幸運を祈るわ。」
江里口からの短い回答 がかく在って。
それから約3分間の沈黙の後に。
ターゲットの動き出しと共に、いよいよ隼人の初実戦がスタートした。
☆
美或センパイとの通信を終えてから2分位後のこと。マル被と 思 しき人影が忍び足でやってきたのを自分は見つけたッス。今、奴は会社正面玄関の付近、物陰に隠れて人の出入りの有無を伺っている模様。
自分はゴクリと生唾を飲み込んで監視を継続。そしてマル被が玄関すぐ近くへとゆっくり移動して行く様をガン見していたその時。本部からの 幻響回線 通信がアタマの中を駆け抜けたッス。
【対象、事前脳波補足。みどりん(Meddle in Reaction =みどりん、空間干渉反応の意。)来ます!】
たかが無線に“幻“と銘打たれるのには理由がありまス。エヌリプス特務隊専属オペレーター・エリス(彼女の事はまた後日紹介しまスね。)は、特定の範囲と極少人数には限られるスけど「自身の思考そのものを瞬間伝達させる(=言わばテレキネシスの類いに相当する)能力」の持ち主ッス。
つまりメッセージの受け手側からしてみれば、「送り手側の脳波=音のまぼろしのようなもの」。文字通り音速を超えてデバイサーの脳内を駆け巡り、完全なる一方通行で受信者意識への強引なる介入を果たしまス。正直、ちょっとアタマ痛くなるッス。
同時に、エリスからの強制報告を受けた自分は、反射的に己が為すべき行動を取りまス。
「来たか! Bheda…(開け、、)」
左手に意識を集中させながら、点が面に展開していくイメージを増幅させるッス。直後に開示の宣誓(まぁ呪文と言った方がわかりやすいかも知れないスけど。)、訓練で散々やってきたのと同じ要領でス。
(よし。タイミングほぼ完璧。)
何をやったかと言うと、マル被のスピンフォーム形成(先の通信で言うところのMeddle in Reaction =みどりん=空間干渉反応の事。要するに、『敵さんが動きますよ!』のお知らせ。)に併せて、自分も同様にスピンフォームを形成しました。
自分と敵との間にある能力差をその場で確認する為、がその理由ッス。
スピンフォーム形成ってのは、まぁ量子力学的な概念(自分もまだイマイチよく分かってないんスがw)の事でス。超簡単に説明すると「自身周辺の何も無い空間に孔を穿つ・一時的な扉を開く」という特殊能力の事ッス。(で、その能力保有者はディガーと呼ばれているみたいス。)そして孔を穿つと同時に、
その瞬間から、
自分の場合は10秒間だけ、
他人の1秒の中で行動する事が可能となるッス。
何を言っているのかよくわからないかもしれないスけど、ありのままに説明するとこうなるッス。
、、、なんか某有名マンガに出てきたセリフみたいになってしまいまスが。
・ディガー(空間穿孔者)が空間に孔を穿つ。
↓
・空間は自浄作用(これも仕組みはよく分からんス、、)により、元の空間そのものへと戻ろうとする。
↓
・空間が閉じ切ってしまう=穿った孔が元通りになるまでの「体感秒数」は、能力者ごとにそれぞれバラバラ。(自分は10秒、美或センパイは3.5秒、事前のプロファイリングから今回のターゲットは恐らく2秒以下では?といった具合ッス。)
↓
・でも能力者以外の、いわゆる一般人の方々にとっては「空間が開く・閉じる」という現象なんて認識出来ない訳でス。なので、普通の人々には「空間への干渉作用」が例え本人の目の前で起こったとしても、「単なる1秒が何事も無く過ぎ去った」としか感じられない。
↓
・つまり。スピンフォーム形成を成し得る特殊な能力者は、(秒単位ではあるけれど)常人の何倍もの体感スピードで行動する事が可能になってしまう、という事ッス。
なんとなくでも解って貰えたスかね?自分も理解度が足りないので、まだまだ説明下手ッス。サーセン!
ターゲットをガチでマーク中なのに、何故こんなに悠長に 穿孔 能力の説明をしてるかって言うと、、
マル被自身の穿孔体感時間が約1.5秒だという事が判明してしまったからッス。。(つまり急遽発生した、自分にとっての8.5秒の空白タイム中にちょっと補足説明してみました。)
先の タイミング でマル被と自分がほぼ二人同時に孔掘り完了。奴は左手で玄関ドアの取っ手部分を掴み「ドアの施錠状況」をまず確認。カギが掛かっていない事を確かめてから、マル被自身が一旦身を屈めようとしたその時。
ターゲットの動きがスローモーションの世界に居そうな住人のそれになったッス。
屈もうとしているのにゆっくりゆっくりとしか屈んで行かないその姿。端 から見れば、まるで持病の腰痛持ちの老人がその痛みのせいなのか、椅子に座りたくてもなかなか腰掛ける事が出来ない、プルプルと小刻みに震えながらも必死で着席しようとしている、そんな場面を思い出さずにはいられないような光景だったッス。
マル被の屈もうとするムーヴ(正確にはゆっくりゆっくりと屈み続けているのだけれども)、あたかも老人の動き方・パントマイム講座を約8.5秒間眺め続けさせられた後に。
奴と自分の時間の流れ方が元通りになったッス。今までのスローな動きが嘘のようにスッとしゃがみきった佐藤(多分w)。
その数秒後、意を決したかのように正面玄関のドアをゆっくりと開けて会社内へと侵入して行った佐藤(多分w)。
(あー、バカ正直に玄関から入って行くなんて。隊長の言った通りだった、奴はまだ全然能力を使いこなせていない。緊張して損した、さっさと捕まえて終わりにしよう。)
さっきまで心の中に渦巻いていた不安がすっかり霧散した自分は、こう考えながら待機場所の屋根上から平地へと素早く移動し、いつでもA建設会社内に突入出来る態勢を整えた上でこう本部に報告したッス。
「マル被の 体感秒数 、約1.5秒を確認。これより予定通りのプランAにて捕縛任務を開始します、どーぞ!!」
☆
A建設会社の社長室(兼金庫保管場所)は、正面玄関から入ってすぐに広がる実務オフィスの更に奥側に位置していた。珍しく社長が残業でまだ社内に居る、という 程 での段取り。そして実際に社長室の椅子に掛けていたのは、既に潜入待機していた江里口 美或であった。
(小さめの会社とはいえ、やはり流石は社長さんね。この椅子、座り心地が抜群だわ。)
江里口はあまりの快適さにこんな感想を抱いた。背もたれ部分のランバーサポートの機能性、反発のあるメッシュ素材で座った際のフィット感・通気性も良好、そして、座面や背もたれの高さやリクライニング等の調整が手軽に行える点、と非の打ちどころが無かった。
思わず椅子背面に回り込み、メーカー名のチェックを始めた江里口。「Ergohuman」のロゴがある。エルゴヒューマン、と読むのだろうか?
(今度の休みにでも、家具屋巡りをしてみようかしら。)
社長のイスに踏ん反り返って人を待つなんて、普段ではほぼ体験することの無い出来事だ。隼人が外でマル被の接近を見張ってピリピリしている間、逆に江里口の方は余裕綽々で「待ち人、来たれり」の瞬間を、首を長く長〜くして構えていたのだった。
彼女はターゲットの到着を見計らって、更なるおもてなしを仕掛けていた。
侵入してくる犯人にとって社長室が何処なのかがすぐに分かるようにする為、わざと社長室のドアを少しだけ開けておいた。
社長室内のライトの光が漏れるように。
その上で、先の本部オペレーター・エリスからの【みどりん報告】を受けてからというもの、江里口はこれ見よがしとばかりに社長デスクの上に置いてあった経済新聞の紙面をダイナミックにめくりながら読むフリを始めていた。
新聞を読む時の、ピランピランという音をわざと立てる為に。
横目で社長室ドアの動きを注視しながら。
果たせるかな。
隼人の「1.5秒確認!」の通常報告を受けた直後。
社長室のドアがゆっくりと開き、(推定)佐藤と思われる若い男が江里口と視線を交錯させながらドアの内側へと滑り込んできた。と同時に、(推定)佐藤が想定外とでもいうような戸惑いを含んだ声でこう言った。
「???女?、、秘書か?社長は何処だ?」
「、、どちら様ですか?って惚けてみても無駄でしょうね。お 生憎 さま、お待ちしておりましたわ、佐藤 喪舞男さん。お目当ては社長とココの金庫、かしら?」
新聞を広げたまま、江里口はうっすらと笑みを浮かべながらこう返答した。
「な、何故俺の名前を知っている?それに金庫の事も、、、う、動くなっ!動くとお前の命は無いぞ。。。」
事前のリサーチ通りで、この瞬間に佐藤=要捕縛対象者への昇格が確定。(注:逮捕ではなくて捕縛という表現なのは、エヌリプス特務隊がその存在を表立って公表していない事に起因する。)そして佐藤は自分が待ち伏せを喰らった、という事も認識したようだ。“命は無い”とまでの脅迫の台詞 を吐いてきた以上、いつマル捕が実力行使に踏み切ってきてもおかしく無い状況。自信満々で対峙する江里口にも少しだけ緊張が走る。
それでも江里口はこう問いかけて佐藤を挑発する。
「へぇ〜、命は無い?言い切るじゃないの。じゃあもし動いたとしたら、貴方はどうやって私を殺すのかしら?」
江里口は手にしていた新聞をデスクの上に放り投げ、椅子から立ち上がった。パサンという新聞が机の表面に接した時に生ずる摩擦音と、ギイィという椅子がその 主 の重力を失った際に発する泣き声が、ほぼ同時に緊迫した社長室内に響き渡った。
「、、、それは、こうやって、、だよ!!」
佐藤の殺意そのもの、とでも言い換えられるその言葉を江里口が耳にした刹那。
【みどりん反応、第二波、来ます!】
エリスの思念が 幻響回線 を駆け巡った。
その瞬間、江里口は。
先程立ち上がったばかりの椅子の背もたれ、それよりも少しだけ上の空中に、左手をかざして何かを呟いた。
同時に、佐藤も何かを喚きながら、力を込めた右手を伸ばしつつ。
その手で江里口を捕えんとする勢いで、ドア付近から社長のデスク目掛けて突進してきた。
・
・・
・・・・
能力者二人による「1.5秒間の手の内の見せ合い」は、佐藤が江里口の姿を見失う、という形であっさり幕を閉じた。
江里口が社長室の外へと瞬間移動したからである。
☆
第二話 リンク
第三話 リンク
第一話、読んで頂きありがとうございました。
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後、どんな些細な感想でもけっこうですので、コメント頂けると非常に嬉しいです。
では、第二話もお楽しみ下さい。😃
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