優秀な高校生に医学部を勧める理由
私が高校生の頃、15年ほど前は医学部受験最盛期であった。東大理ⅠにA判定でも阪大医学部はC判定しか出ないほど医学部の難易度は高騰していた。
しかし、昨今は医学部人気はやや陰りをみせているようだ。東大理Ⅰは阪大医学部と同じ偏差値となっているらしい。医学部、医者は斜陽の進路、職業なのだろうか。私は医師となって5年以上経つが全くそうは思わない。勉強の得意な高校生にはぜひ医学部進学を勧めたい。その理由を以下に述べる。
1.医師の社会的信用は高い。
まず押さえておきたいのは医師のステータス面の話だ。職業としての医師のステータスは高い。これは万人が認めざるを得ない事実だろう。病める人を治療し苦しみから解放するという仕事はいつの時代も社会から一定の尊敬を受ける。事実、医師は子どもがなりたい職業、そして結婚相手にしたい職業、いずれも毎回必ず上位にランクインする。
仕事内容に夢とやりがいがあり、かつ経済面での堅実性、安定性を同時に持ち合わせているのだ。
2.医学部に入れば医師にほぼ確実になれる。
医学部入試を突破さえすれば、医師への道はほぼ確定する。除籍や国試浪人を繰り返すなど、例外はあるがかなりのマイノリティだろう。大学受験が就職試験の性質を帯びており、入試合格で就職戦線から離脱できるのは大きい。
競争から早期に離脱することはあらゆる場面において重要だ。競争は多くの人を不幸にする要素をはらんでいる。勝ち続けることは難しい。競争から逃れない限り、大多数の人間はいつかはどこかで敗けを経験することになるのだ。
医学部も進級試験や国家試験がハードだと述べる人がいるだろう。しかしそれらは単なる課題にすぎず、人を蹴落とす競争ではない。大学受験で友人と集まって勉強する人は皆無だが、医学部時代に仲間と一緒に勉強して試験を乗り越えていく人が少なくないのはその象徴だ。ではマッチングはどうか。これは席の奪い合いなので競争といえるかもしれないが、あくまで付加的要素にすぎない。医師の価値は属する組織でなく、個人の能力によって決まるからだ。初期研修先がフルマッチしない不人気の大学病院だったとしても全く問題なくキャリアを構築できる。
3.職業の自由度が高い
私が最も強調したいのはここだ。
まずは分野選択の自由。医師は初期研修修了後、診療科を自由に選択できる。この事実は意外にも知られていない。自分の興味や働き方の希望に応じて専攻を取捨選択できることは、幸福度に大きく寄与するだろう。
次に職場選択の自由だ。診療科を決め、どの病院で働くかも希望が通ることが多い。私の周りをみても、初期研修はマッチングで第一志望に内定しないケースは多々あるが、その後の人生を決定づける専攻医での就職は全員が希望を叶えている。転職のハードルが低いのも医師の大きな魅力だ。個人の価値が医師免許によって担保されるので、組織を離脱したとしてもその価値は持続する。そのため、給与を上げたい、労働負荷を下げたい、よりトレーニングできる環境に身を投じたいと様々なニーズに合わせた転職活動が容易にできる。
最後は地域選択の自由だ。医師免許は日本国内どこでも有効なため、日本全国好きな場所で働くことができる。この優位性の例外となるのは最近話題の地域枠だ。入試のハードルが下がる代わりに、一定期間指定の地域での就労義務が発生する制度だが、これは医師の優位性を大きく損なうのでよほどのことがない限り利用しないほうが賢明だ。
他にこの自由度に味噌をつけるものがあるとすれば、医局制度だ。医局人事で不本意な病院に回されることや、地方転勤を命じられることがある。医局制度は医師の世界に残るサラリーマン的な文化だと言える。
4.医師の給与は高い
基本的に勤務医であれば年収は1000万を超える。都内の専攻医など安い部類でも800万はあるはずだ。最低の年収が800万円。この水準の高さは異常だ。
しかし、この話をすると、「三菱商事などエリートサラリーマンや外資系企業のほうが稼げる」と反論が必ず来る。その理論は視野が狭いと言わざるを得ない。企業戦士がその給与の恩恵に預かるためには競争に耐え、その組織に必死にしがみつかなければいけない。
これに対し、医師の給与は、競争とは全く関係がない。サラリーマンがトップ層しか医師の水準を超えられないのに対し、医師の場合はどんなに能力が低かったとしても、給与水準は担保される。これが医師の魅力だ。
さらなる奥の手として医師は開業と自由診療がある。こうなればサラリーマンでは太刀打ちができない。
加えて、パートタイム、アルバイトで医師は給与を増やすことが可能だ。医師のアルバイトは最低でも時給1万円だ。新型コロナウイルスのワクチン接種のアルバイトでは問診票に記載をするだけで1日18万円得られるものもあった。闇バイトも真っ青である。とりわけ、フルタイムで働くことの難しい子育て中の女性にとって、パートタイムだけでこれだけ大きな収入源を確保できる職業は医師の他にはないだろう。
医学部進学に迷う高校生も医師のバイト求人をみれば心が決まるに違いない。
5.医師免許は生涯持続する。
医師免許に更新はない。国家試験に合格した瞬間から、たとえ医業を何もしなかったとしても生涯にわたってその人は医師を名乗ることができる。
これは冒頭に述べたステータス面に大きく寄与する。文化人や政治家など、医師免許を保有していることで注目を集めブランド価値を高めている人は少なくない。
最も有名なのは漫画家の手塚治虫だろう。他には映画監督の大森一樹、政治家なら米山隆一が思いつく例だ。
文化人の中でも、とりわけ作家は医師免許を保有している人物が多い印象だ。今年芥川賞を受賞した朝比奈秋は消化器内科医でもあり、作家業に本腰を入れ始めてからは医業は週一回の非常勤のみに留め、他の時間は文筆に当てていたという。
前述のようにたとえ週一回でも医師であればかなりの収入が得られる。作家など芸術分野で食べていくのは難しくリスキーであるが、医師という仕事がある種セーフティーネットになり、人生においてチャレンジをしやすくなるのだ。
ここまで医師という職業の利点を述べてきた。自分で整理しながら気づく点はその盤石さだ。現役であれば18歳でそのルートに乗ることのできるメリットは計り知れないだろう。大学受験生には、大学生活だけでなく、以降何十年という長いスパンで人生を考え、進路選択をして欲しい。