見出し画像

30代、子供部屋おばさんを卒業するために立ち上がります

どうも。

私は、いわゆる、子供部屋おばさんだ。大学4年間はのぞいて、小さい頃から今まで30年余り、実家の子供部屋で生活してきた。

なぜ、子供部屋おばさんになってしまったのか?

自立したい欲求はすごくある方だと思う。1番の理由は、就活に失敗したことが原因だと思う。
不登校から東京の大学に進学し、いきなり寮で一人暮らしを始めた。慣れない学生生活、サークルでのいじめ、人間関係の悩み、貧乏が重なって、精神的にかなり追い込まれてしまっていた。大学はなんとか卒業したものの、公務員試験に惨敗し、遅く始めた就活も失敗に終わった後、地元に逃げ帰った。

自立の最初のきっかけである就職で、最悪のスタートを切ってしまった私は、職を転々とすることになった。もちろん非正規雇用で低収入なので、貯金もままならず、一人暮らしに必要な初期費用も賄えず、ズルズルと30代に突入してしまった。

27歳で、初めて自分が発達障害だとわかる。その後、双極性障害を発症。今は時短でアルバイトをし、昼食以外の食費、医療費以外の生活費などを両親に支援してもらっている。

今の状況

両親に支援してもらう生活が、社会に出てから10年以上続いている。もっと節約しなきゃいけないのに、病気のせいか私の浪費癖と衝動性は激しい。おかげで親に60万円ほど借金をしている。借金の原因は様々で、ギターの衝動買いだったり、いきなりプログラミングスクールに行きたいと言い出し学費を出してもらったりと場当たり的である。
あと、推し活もしている。これも貯金できない原因になっている。一度はやめようと、グッズやCDを売り払ったけど、また元に戻ってしまった。
こんなダメな私だけど、両親は「自立しろ」とか「家を出ていけ」とか言われたことは一度もない。推し活もむしろ応援してくれており、母とは一緒にライブに行ったりしている。遠征もした。
だが、人生このまま続くわけではないと悟ってしまう出来事が去年起きた。父が癌になってしまったのだ。

早く自立したい。障害者雇用を決意

父は治療をしているが、今のところ普通に生活している。毎日仕事をしているし、去年は家族で旅行も行った。でも、そんな生活がいつ終わってもおかしくはないことに私も母も気づいている。父が介護が必要になったら、主婦である母がメインで世話をすることになる。私がお金を稼がないといけないのだ。そして母もいなくなったら。私は家を借りて自分で生活しなくてはいけない。
正社員で転職活動を頑張ってみるものの、不採用が続いた。いいな、と思った求人はそもそも30歳以下しか応募できなかったりして、悔しくなった。発達障害と精神障害の両方を持つ私はできない仕事も多い。
「もしかしたら、障害者雇用だったら、うまくいくのではないか?」と思い立った。今年の秋、躁鬱の躁状態の時だったので猛スピードで行動に移して、障害者手帳を取得。障害者の就職をバックアップしてくれる機関にも相談している。

子供部屋おばさん脱出計画、始動。

冬の長い鬱状態から立ち直った躁状態の私は思った。30代半ば、もう、手遅れかもしれない。でもやるしかない。子供部屋を脱出して、母を支えながら自立できる人間になる。もし、鬱状態がきても、この記事を読み返せば「あ、自分はこのために頑張ってたんだ」と思い出せるように、今日は書いてみた。

いいなと思ったら応援しよう!