Memory of the Ring 第3話 その①
第一章 ~コスモスの女神~
3,古城の住人 その①
視点:美空
全体の空気が重いまま、三人は無言で森林を探索した。ものすごく気まずい雰囲気の中、私と美夜は一生懸命、流星に話しかけるが…。
「うん。」とか、
「あぁ。」としか、返事をしてくれなかった。
(居たたまれない。)
(帰りたい。)
そんな時だった。
どこからか湿気を帯びた靄がかかり、人の姿が見えなくなるくらいに広がり、そして辺り一帯を覆い被さった。次の瞬間、目の前に霧の中から巨大な建物が出現したのだ。その建物は、全体的に無作法に伸びた蔓に覆いかぶさっていて、壁は所々崩れ落ちていた。廃墟と呼ぶにはしっくりこない。それは、あたかも忘れ去れた古城のようにも見えた。
実はこの建物は、かつてはオペラ座として多くの観客を呼び集めていたそう。だが、いつしか使われなくなってしまった。その昔、このオペラ座には怪人が住み着いているという噂が流れ、怪人は地下に秘密基地を作ったとされていた。
そこで私は、もしかしたら指輪が隠されているのではないかと目論んだというわけである。
ところで、美夜があることに気づいた。
「美空さん。地下に向かう階段って、どこにあるんですか?」
良い所に気が付いたようですね、美夜さん。ふっふっふ、実はね。
「今から探すんですよ。手伝ってくれるよね?」
「いいですけど、どうやって探すつもりですか?わたしも美空さんも探索魔法は持ってないですよね?」
「しまった。それくらいは習得しとけば良かった。」
「まったく…」と、それまでほぼ無口だった流星がぽつりとつぶやいた。
「俺、探索魔法なら使える。」
「本当⁉」
「ナイスタイミングですね。」
流星はそっと手を差し出し、空気を撫でるようにして探索魔法を始めた。まとわりつく空気が一斉に騒ぎ出すかのように、風が揺らぎ始めた。暗闇の中、オペラ座の建物を巡回しているとき、目を細めて奥の方ををじーっと見つめると、狭い地下水道を発見した。私たちはそこで足を止めた。
「ここだね。」
目線の下には、さらに奥に地下水道につながる階段を発見した。私たちはゆっくりと降りて行くことにした。
ゆっくりと階段を降りていくと、ひんやりとした涼しい風が私の前を通り過ぎた。その風は、さらに続く道を案内するかのように私をせかした。地下水道の中は、一人が通れそうな道が設けられていたため、奥の方まで進むことができそうだ。ただ、建物の奥までは日の光が差さないため、灯りを灯してもほんの少し手前までしか見ることができない状態だった。ちょっとでも触ったら崩れ落ちてしまいそうな壁に、今にも幽霊が出てきそうな雰囲気に、私は背筋が凍り付いた。
「すごく怖いんだけど、誰か私と手をつないでくれない?」と冗談交じりに言ってみたら、美夜と流星が同時にお互いの顔を見合った。
「…いくつですか?」と美夜が怪訝そうに口を開いた。
「十九歳だけど?そういう美夜ちゃんは何歳よ?」
「来月、十四歳になります。」
「あ、年齢の割にはしっかりしてますのネ。」
「美空さんがしっかりしてないだけでは?」
「俺もそう思う。」
「二人してひどいよ……。」
とか何とか話している内に、私たちは案内地図にも載っていなさそうな、建物の心髄部まで進んでいた。
「まるで地下迷宮だね。」と流星がポツリとつぶやいた。
「これだけの距離があって、移動するのが大変そうですね。」と美夜が続いた。
「小型船とか出していたのかな。」と流星。
「ゴンドラで移動したら、ロマンティックですね。」と美夜。
「しかし随分奥深くまで掘ったものだ。当時の技術にしては相当な労力だろうに。」
「この上に、かの有名な劇場が建てられているそうですよ。わたしも一度でいいから見てみたいな。」
ちょこちょこ二人が話している間、私はある所で足を止めた。この辺りの壁だけ、別の時代に付け足された煉瓦がはめ込まれ、他の煉瓦より頑丈な造りになっていることに気づいたのだ。もしかしたら、きっとここだけが空洞になっていて、大切な何かを隠しているのだろう。そう思った私は、部屋の扉が無いか辺り一帯を探し始めた。
「私の予想ではここに指輪が眠っている!」と大声で独り言を喋ってしまった。
「ついさっきまであんなに怖がっていたのに、別人だね。」と流星のツッコミ。
「美空さんってそういう傾向があるんですよ。しかも根拠もないのに直感で行動してしまうし。困ったものです。」と美夜の辛辣な言葉。
何か痛い言葉が背中に突き刺さったような気がするが、そんなの気にしない。なんたって、私の興奮が止まらない!
「調子いい奴。」
「流星さん、今回は見守ってあげて下さい。どうやら当たりのようです。」
「これだ!さすが私の直感!」
さび付いた扉は思っている以上に硬く、一人では動かすことができなかった。二人も協力して重たい扉を押すと、無数の蝋燭が広々とした室内を明るく照らしていた。天井の隅には蜘蛛の巣が張っていて、家具や楽器などが埃を被っていた。その室内は何年も前から使われなくなり、捨てられた音楽室のようだった。
「もしかしたらさ、前は音楽家が住んでいたのかな?」とルンルン気分で室内を歩き回る私に、珍しく合わせてきてくれる美夜と流星。
「オルガンやバイオリンまでありますね。」
「作曲家かもしれない。書きかけの楽譜まで散乱している。」
流星は、床にまで散らばっている楽譜を拾い上げようと手を伸ばすが、思わず止まってしまった。
「〝死者の安息〟…」
「流星さん、これ…」
美夜が指さすその先には、〝死者の円舞曲〟〝死者の行進曲〟など、〝死〟を連想させる楽譜ばかり。
「ここ、結構やばい…?」と流星は血の気が引いたかのように、真っ青になっていた。
「そうですね。いったんここは地上に出た方が良いと思います。って、美空さん?」
そんなことはお構いなしに、部屋の奥にずんずん進んでいこうとする私。
「ねえ、奥からオルゴールの音が聞こえてくるよ。行ってみよう。」
ちょっとは警戒した方が良いのでは?とぶつぶつ文句を言う二人を残して、オルゴールの鳴る部屋に入る。そこには一人の影が、ある像の前で跪いていて、祈りを捧げている様子だった。その人は黒いマントを被り、顔が隠れてよく見えなかった。
こんな時に限って蝋燭が肘に当たり、ガチャンッと大きな音を立てて落としてしまった。その音に気付いた人影は後ろを振り返った。
「何者だ!侵入者か?」
「ち、違います!」と反論したものの、シュッと何かが壁に刺さった音がした。視線をずらすと、すぐ横に小刀が突き刺さっていた。あと少しでも位置がずれていたら、小刀は私の顔面に刺さっていた所だった。
安堵している暇はなく、その人物は私に向かって突進し、刀を突きつけた。しかし、私だってこんな易々とやられるわけにはいかない。なんたって何度も決戦を経験しているのだから。
私がいつも愛用している剣を抜いて、その人物に目掛けて剣を振り下ろした。だが、
「えっ?」
二体に分裂したかと思いきや、白い煙を放出させた後、その煙と共に一緒に消えてしまった。後から美夜と流星が駆けつけ、心配そうに私の顔を覗き込む二人。
「美空さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。でも、さっきまで黒いマントを羽織った人がいたんだけど、消えちゃって…。」
「そんな奴……、あそこだ。」
流星が指さすその先に、先ほどの人物がこちらを見ていた。美夜と流星が剣を抜いて構えた。次の瞬間、美夜はその人に突進し、剣を振りかざした。間一髪で交わされてしまったが、次に流星がどこに隠していたのか分からない弓矢を取り出し、その人に何本も弓を射る。しかし、どれもこれも当てることはできず、どんどん距離が開いてしまった。
攻撃を仕掛けても無駄なら、交渉するのはどうだろうか。これも一種の作戦だと思い、私は〝世界を救う九つの指輪〟を持ち掛けることにした。
「お願いです。話しを聞いてもらえないでしょうか。」
コスモスの大陸を元に戻すために、残り八つの指輪を探している旨を話すと、すんなりと理解してもらえたようだ。
その人物は、ゆっくりとマントを外した。すると、凛と透き通った赤い瞳をしている色白の女性が現れた。
「私はこすも。私も君たちの仲間になろう。」
こうして新たにパーティメンバーが加わった。
続く