【すっぱいチェリーたち🍒】プロローグ
これはある高校のクラスを舞台に繰り広げられる学園コメディ。
高校生の日常エピソード『あるある』で展開して行くストーリー。
それぞれの悲喜こもごもを通して、少年たちが自分の可能性を見つけたり、
広がりを感じたりしながら成長して行く姿を描く。
ちょっとヘタレで平凡な主人公を通して、先生や家族や仲間への理解や絆を
深めたり深めなかったり、繋がったり繋がらなかったり。
誰の心の中にも残る、思い出すと今も胸がちょっとすっぱくなる青春の1ページを紡ぎ合う。
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第一回目はプロローグです。
前回企画【ウーリーと黒い獣たち】を書いてくださった皆さんを一方的に引きずり出してwスタートします。
プロローグ~捨てられないコーラ缶~
オレの名前は宇利盛男。
田梨木高校に通う17才。成績もスポーツもパッとしない。特にこれと言って得意なこともない。
こないだ、クラスメイトの彩子に告ってフラれたばかりで気分もずっと最悪だ。
もとはと言えば、昼休憩にたまたま何人かで一緒に喋っているとき、オレの飲みかけの缶コーラを彩子が、ちょっとちょうだいと言ってオレの手から奪って全部飲みほしたことだった。
YES!COKE!
オレの中で何かが弾けてオレは恋に落ちた。
そうや、彩子はきっと自分のことが好きなんや。
捨てるに捨てられず持ち帰ったコーラ缶を見つめて、これはもう告白するしかないやんと思い、翌日にオレは行動に出た。
「え?…うちら、そんなんちゃうやん」
困惑して言う彩子の言葉に、オレの恋心は一夜にしてガラスの破片のように砕け散った。
なんやったんや…
オレに気があったんちゃうんか?
オレの心を持て遊んだんか⁉
「そんなんちゃうやん」て、オレがそもそも対象外みたいやん。
あ?…そういうこと?
…いや、オレは何やってんねやろ。
ってか、オレ、ホンマに彩子が好きやったんか?
あの日の『二人を繋ぐコーラ缶』はまだ部屋に飾ったままだ。
「兄ちゃん、弁当いらんのか!」
玄関を出ようとして、背中に歳の離れた妹、爽の声が響いた。
振り向くと、オレの弁当の入ったランチバッグをグルグル振り回して笑っている。
「ちょ、やめろや!」
「うまくキャッチできるかなー⁉」
オレはあわてて爽からランチバッグを掴もうとするが、爽は腕を回すのをやめない。
「きゃはははー♪」
爽はまだ小学生だが、こうしていつもオレをからかって遊ぶ。
「おまえもはよ、学校行く準備せぇや!兄ちゃん、もう行くで!」
やっとのことで爽の手からランチバッグをもぎ取り、家を出る。
フラれた彩子に毎日顔を合わせる気まずさと傷心を引きずりながら、それでもがんばってオレは登校している。なぜなら自分のひそかに掲げる目標は『三年間無遅刻無欠席』だからだ。
図工で友人を描いたのに「ヒトを描きなさい」と言われ、遠足ではひとり迷子になり、水泳では決まって腹を下した。
小さい頃から「ヘタレのウリちゃん」といつもイジられポジションだった。
そんな、何のとりえもなく平凡すぎる高校生のオレが唯一、尖れるものを持とうと思ったら、無遅刻無欠席くらいしか思いつかない。
「つまんねぇヤツだなあ」って、どっかの顔のデカいキャラの幼児が言うみたいなセリフが浮かぶ。
でも実際、オレに縁のないコトバ代表って『可能性』なんじゃないかって思ってたくせに。
「うちら、そんなんちゃうやん」
あのときの彩子の表情が浮かぶ。
ひとり勝手に舞い上がってたオレ。
なにがYES!COKE!や くっそ!
アホやん…
あくびを噛み殺しながら教室に入ると、後ろの方から寿賀美や千代子たちのきゃあきゃあ騒ぐ声が耳をついた。何やら、とってつけたカンジのくっさいセリフを言い合っている。どうせ流行りの俳優の、ドラマのハナシで盛り上がっているんだろう。
っるせー。
教壇の真ん前の席では級長の吉田吉夫がもう教科書を開いて予習を始めている。オレは吉田を優等生だと思っていたが、こないだ英語の追試を受けに行ったら、そこに彼が座っているのを見つけた。
人は見かけによらない。
保志田は昨夜もまたアルバイトだったのだろう。机に突っ伏していびきをかいている。彼はなぜだかがむしゃらに働いている。だが、バイトでどんなに疲れていてもちゃんと登校して来る。
もしかすると彼も、オレみたいに無遅刻無欠席を掲げているのかもしれない。
「でねぇ、お風呂から出たら、お肌の乾燥が始まらないうちに、なるべく早く化粧水をつけてあげるの。あ、パタパタはたいちゃダメよ。そっと優しくね」
波都子につられてか、圭子が真剣な面持ちでそっと自分の頬を押さえてうなづいている。その輪の中で笑っていた彩子がオレに気づいてちらりとこちらを見たが、無表情になってサッと目を逸らした。
気まずっ。
はぁ… これ、いつまで続くんやろ…
「痛ッ! 何すんねん!」
ため息まじりに席に着こうとした途端、尻に鋭い衝撃が走り、オレは悲鳴とともに飛び上がった。
「何て、おはようの挨拶やんか。ウリこそ、何で毎回引っかかんねん」
阿久がオレの後ろの席から両手の人差し指を突き出してケタケタ笑っている。
「今朝は鋭いゾーン狙って来ました! いや~、第二関節まで行けそうな角度でしたよー!」
小郷も実況中継でもするような言い方で、座った椅子ごとすり寄って来た。
「何やっとんねん! もうええ加減やめとけや!」
両手の人差し指を合わせたまま、痛快に笑うこいつらとオレはいつも何となくつるんでいる。
阿久は掃除の時間になると、ほうきをマイクに見立ててサザンを歌いあげる。巻き舌にして得意げにマネてみせるが、くるんと巻いたヒゲの、あのアニメキャラが混じっている気がする。
小郷は未だにキン肉マン消しゴムを大事に持っているちょっとオタッキーなヤツだが、なぜか校内で顔が広く、いつもニコニコして機嫌がいい。
「なぁ、瀬里は今日も来ないのかな」
ふと、小郷が言って廊下側一番後ろの席を見る。
瀬里は少し体が弱いせいもあり、あまり登校して来ない。
「瀬里なら大丈夫だ、問題ない! 心配すんな!」
保健体育の先生でこのクラスの担任でもある油木先生はそう言ってガハハと笑うが、本当はどうなんだろうとオレたちは勘ぐっている。
油木先生は何かごまかそうとすると、大笑いするクセのあることをみんな知っている。
でもオレも人のことは言えない。腹が弱いせいで一年のときから保健室の常連組だ。腹痛のたび下痢止めをもらいに保健室へ駆け込む。
「なんやウリ君、またビチビチかいな! あんたのためだけの下痢止めちゃうねんで」
茶保先生はまぁまぁなボリュームでボヤきながらラッパのマークの錠剤を出してくれる。
廊下にまで聞こえそうで恥ずかしいからやめてほしいのだが、言えない。言うとたぶんもっと声のボリュームが大きくなって返って来るのが想像できる。
始業チャイムが鳴ると同時に開いた扉から、古典の垣野先生がおかっぱ頭の黒髪を揺らして入って来た。
「さぁ、皆さん! 今日も、なーるほど!な、古典の世界を旅しますよ!」
地声なのか、裏声なのか判別できない垣野先生の声はみんなを一瞬で静まらせ、自分の席につかせる。
「き、りーつ!」
吉田吉夫が授業開始の声を上げる。
今日も長い一日が始まる…
「あ…」
教室の窓からふと空を見上げたとき、なぜか今頃になって爽が振り回したランチバッグの中身が気になった。