父母が離婚して辛かったこと6
あるひ、ひどい夢を見ました。ひな人形と死体を埋めてる夢です。父母が出てきました。
夢解析の専門のカウンセラーさんだったので、少し話しました。
カウンセラーさんから、何か、人形から思い浮かぶ事はと誘導され、うちのひな人形を思い出しました。
寮生活のある日、パートのおばさんの、たまには、休みをという提案で、数日の管理人業務を休み、家族旅行に行った事があります。弟が産まれる前に四人です。生涯唯一の家族旅行です。
そして、翌年の同じ頃、
今年もどこかへ旅行に行くか、そのお金で、ひな人形を買うか、どっちかにしようと家族会議を開きました。
母は、仕事を休んで旅行に行きたいと言いました。
父はひな人形を買おうと言いました。
選択は私達に委ねられました。
父も母も説得にかかります。
「ひな人形は、いいぞー、毎年楽しめるぞー、旅行は一回だからなよく考えろ~」
「いつもと違う所へ行けるよ、お土産もいっぱい買えるよ」
私は、年ごろ7歳くらいの時です。ちょうど人形遊びに目覚めた頃だったし、旅行もぼんやり楽しかったなーくらいだったので、ひな人形に賛成しました。妹もなんとなく私に加担してきました・・・
これから毎年、2月になったら出すんだとものすごい楽しみにしていました。人形を組み立てるのも楽しかったです。
そして何より、両親それぞれが違い、私たちの意見も取り入れて進んだのが嬉しかったです。
この日は、寮の残りじゃなくて、チラシ寿司を作ろう~とか勝手に、料理本をめくって、ハマグリの意味とかふんふん読んでました。
料理本をめくるのは女の子の一種の趣味です。
初年度から、もう、姉妹でキャッキャしてました。弟が生まれた年も、楽しかったです。
写真いっぱいとろう、男の子は、兜なんだ、なるほどーと思ったり、
じゃぁ弟が5歳になったら兜かな。1人だから小さいんだろうな〜
私達は、2人だし、7段だってー!わーいラッキー!なテンションで、毎年2月を待ち望んでました、約3年だけですが・・・
で、離婚後ですが、この雛・・・引っ越し先で邪魔になるわ、決して開封されずにいます。
「あのひとがごり押しする」「飾る場所なんてないのに」「あんたたちも口車に乗せられて、本当に分かってない」
引っ越しのたびに散々言われてます。
すごーーく傷付きました。
私にとって、自分で参加したプラスの体験が、一気にマイナスに働きました。
この話をカウンセリングでした時、カウンセラーさんが、
そうゆうのは自己肯定力が下がると、自尊心を傷つけられる、無くすとおっしゃってました。
こんな小さい事でも、ダメになるんですよ。
大人から見たら、無駄に思えても、私には大事な選択だったんです。
私の母は、意識なのか無意識なのか、たびたび、こうゆうことが起こします。
母にとっての寮生活は、自由がなく、苦しく、やりがいもなかったようで、
ひな人形云々でなく、自分が家族の中で成長を感じられたプラスの事柄が、マイナスに動く事が辛かったです。
それは3歳の弟でも、5歳の妹でも、それ相応の痛みがありますが、
10歳の私には10年分を否定されるのに十分な年月でした。