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自分をいない事にしてきた。

なんか急に泣けてきた。この気持ちはもしかしたら一生お焚き上げできないやつなのかもしれない。

書きながら泣いてるのは、小5の時の自分。中2の時の自分。団体の中にいる時の、あの時の自分。

その自分を、記憶の中の自分を、頭に思い浮かべだら悲しくて涙が止まらない。

今回はわたしがわたしを癒すための内容です。

リアルにわたしに会ったことがある人にこの事を言うと、だいたい、「へー!意外!」と言われるけど、学生の頃はいじめられっ子だった。

小学校5年の時の部活で、6年生の人(入ったのは同じタイミング)からのイジメ。

そしてわたしが6年生になって転校した時、転校先でのイジメ。ふたクラスしかなかった学年全員に無視されたり。

1番強烈だったのは中学で、一年、二年はほぼ無視されてる日々。クラスでも部活でも。三年生になってから急にそんなこと無かったかのような人生になった。

その時のわたしは、"その場にいない人"として振る舞う事だった。

わたし以外の人がわたしを無視してる。わたしを無視したり、わたしのことを「誰かさん」という表現でいじったり。

「"誰かさん"がそこにいるから、わたしは行かなーい。」

と、こんな感じの。無視というか、なんというか。

そんな時、わたしはわたし自身でわたしのことを無視していた事に、今気づいた。

わたしもわたしのことを、"誰かさん"と思おうとすることで、ちょっとでも傷つきたくなかったんだと思う。

みんなと同じように、誰かさんって思っていれば。。。

今わたしはそれに気づいて、それに気づいて欲しかった自分がいた事にも気がついて。30年経った今でもこんなに泣けるんだってくらい、涙が止まらない。2階に娘がいるのに嗚咽するほど泣いてる。

あの時、誰も守ってくれなかった。家族も、誰も。

自分でさえ自分の存在を誰かさんにしてしまっていた。ごめんね、ほんとにごめんね。

わたし、かわいそうって思いたかった。わたし、かわいそうすぎる。子供の頃、どこにも居場所なんてなかったじゃん。学校に行きたくないのに、休ませてくれない親だったから、毎日毎日、針の筵に通っていて、かわいそう。

今のわたしがタイムスリップして、あの頃のわたしを誘拐して連れて帰りたい。学校なんか行かせない。家に好きなだけいていい。友達なんかいらない。わたしにはわたしがいるって迎えに行ってあげたい。

あの時死ねなかったから、今こんなふうに思えるし、記憶の中の自分を抱きしめてあげることができるけど。

あの時死ななかったのは、ほんと、単純だけど、好きなものがあったからなんだよね。

バスケが好きだった。死んだらバスケができなくなるって思ったから死ななかった。

行きたくない学校に行ってたのも、6時間目まで我慢すれば、バスケができるから。部活に行っても無視されてるけど、バスケができるから。パスを出してくれないチームメイトがいても、わたしはバスケがしたかったからなんだよね。

まだこんなにも鮮明に思い出せるんだ、この感情。まだこんなにぐしゃぐしゃになるまで泣けるんだ、この気持ち。

もっと自分のこと大事にしよう。。

ここまで読んでくださってありがとうございました。これが誰かの励ましになるかはわかんないけど、とりあえず書いてみた。ちょっとづつ癒していけるように。

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