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ハッピーネガティブウーマン。
大変なネガティブ具合である。これは毎月くるものが今月はかなりヘビー級であるからかもしれない。
なぜ男性には生理がないのか。いつも思う。女性ホルモンに振り回されまくりのわたしは、自分とうまく付き合えなくて落ち込みまくりだ。毎月、毎月、飽きもせず。。
このご時世にと思ったが、そんなわけでタイトルにはウーマンといれることにした。
数ヶ月前から布ナプキン生活を送っている。そのおかげかここのところ、だいぶマシだったのだが。今月は半年ぶりくらいに重いのがきたのだ。体調もメンタルもボロボロである。
こんな時、ただでさえ低くてゼロに限りなく近い自己肯定感なんて、マイナスを余裕で越えていく。
わたしには何もない。
同年代の方々は、バリバリにお仕事をしていたり、ママになっていたり。年代とか関係なく、みんなネガティブな自分とも付き合えていたり。体調悪くても気にしなかったり。。
人と比べることに意味などないことはよく分かっているのだが、、、なぜこんなにも人が眩しく見えるのだろうか。もうみんな、本当にすごいです!!と、心から拍手を贈りたい。
わたしは何もしていない。もはや何もしていないをしているくらいだ。
学歴も資格もキャリアもなく、子供もいない。
特別な専門知識も技術もない。
かと言って家事が得意な訳でもなく、むしろ料理なんて大の苦手である。キッチンに立つだけで結構なハードルの高さだ。
仕事に料理にと、夫に甘えっぱなしの生活を送っているわたしは、このままではだめだと思いつつも何もできない日々を送る。そんな自分を責めまくる。悪循環。罪悪感で、毎日喉が締め付けられる。
わたしはパニック障害で鬱だ。今でこそだいぶマシになってきたが、数年間、戦い続けている。これはもはや戦いだろう。
外からは限りなく普通に見えるが、内側はボロボロのズタズタだ。先程も言ったように、キッチンに立つことさえ困難で、外に出るのは一人では難しく、それどころか一人で家にいることさえものすごく大変なのだ。
HSP気質も強く、店内や公園ですら、人の声や音楽、光、匂い、天気、空腹や体調の変化、、、その他もろもろとにかく苦手なものだらけだ。
何をするにも恐怖心が先に立ち、嘔吐恐怖もあって臆病者のわたしの心はすぐに折れてしまう。
10分もかからない本屋に行くのに、ものすごい労力を使うし、徒歩数分のスーパーに行っても、レジには並べない。
毎日をなんとか必死で生きている、こんな自分に、なんの価値も感じられなくて。心底死んでしまいたいと何度思っていることか。
それでも生きる。しぶとく。夫や家族に迷惑や負担をかけ続けても。
それでも生きるのだ。
生きることが、今のわたしにできる、唯一のことなのだ。
シンプルだけどとても難しく、辛く、苦しい。
過去はいつでも恐怖の中へ手招きしているし、未来は真っ暗だ。
足元を照らす灯さえ、持っていない。
それでもなんとかこうしてわたしが今生きていられるのは、そばにいてくれる夫と猫のおかげだ。
ありがたい。
何度か思ったことがある。本当に苦しい時、それを乗り越えるのは結局一人でしかできないのだと。
目を背けたくなるような孤独と、絶望。それを越えられるのは、世界でたった一人。自分だけなのだ。
好きな人や、好きなものが支えになってくれることはあっても、お医者さんやカウンセラーが道を示してくれることはあっても。
目の前の恐怖から目を背けずに、足を動かして越えることができるのは、自分だけだ。
だから人は、眩しいんだと思った。
わたしも、生理でもホルモンバランスが大変でも、ちょっと病んでいても、頑張ろう。何もしなくたっていいじゃないか。例えそれが何年間も続いていても、何かは確実に変わっているのだ。去年の自分と今年の自分は違う。来年がどうなっているのかなんてわからない。
それは希望なのかもしれない。
好きなことをする。わたしが楽しそうだと、夫も幸せそうに笑ってくれる。
それはとても、とても、幸せなことだ。
今はそれがわかっているだけで、充分だ。
最近はまほやくに夢中です。
アイナナはずっと生きる源です。
推しって素晴らしいです。