ヤンキーに絡まれたけども
大学で落研に所属していた。
学祭等で落語をするほかに、賛助という名目で老人ホームまわりをしていた。土日に地域の老人ホームにお呼ばれして、ご老人方の前で落語を披露し、コーヒーとお菓子をいただいて帰るという流れである。
老人ホームからは余興代として少しお金をいただくのだが、交通費を差し引いた分は全額部費に持っていかれるのがモヤモヤして、1〜2回生の時は積極的に参加していなかった。ただ高学年になると落語をする機会がめっぽう減り、老人たちにチヤホヤされる楽しさも知ったので、ちょくちょく賛助に行ってお菓子を食べていた。
大体の賛助は大学の近くだったが、電車に乗って1時間ほど、少し遠くの賛助に行く機会があった。
その日の賛助は、同期の男子T・Bと私の3人だった。最寄りの駅に少し早めに着き、何か見るものでもないかとウロチョロしたが、KIOSKくらいしかなかった。集合時間まではまだ少し時間があったので、2人掛けくらいの低いベンチを見つけ、腰を下ろした。
ベンチに腰掛けスマホをいじっていると、どこからか気配を感じた。見るからにガラの悪いヤンキーが、こっちに向かってツカツカ足音を立てていた。ヤンキーの歩く方向には、私の座っているベンチしかなかった。
え?こっち来るの?なにナンパ?
ここ座んの?スペース全然なくない?
てかピアス何個ついてるの?耳ちぎれないの?
え、剃り込み入れすぎじゃかい?
マジでここ座んの?てか、パーソナルスペースは
とか頭の中でぐるぐる回ってるうちに、ヤンキーが私の隣にスッと座った。
どうしよう。
そう思ったと同時に、同期男子Tが改札から出てくる姿が目に入った。衝動的に立ち上がり、Tのもとへ駆け寄った。
「お前なんやねん!ホンマ覚えとけよ!」
ヤンキーの声が響き渡った。ヤンキーが座ったベンチが思いがけず低かったため、立ち上がれないようだ。
「え、なにナンパ?大丈夫?」
Tから声を掛けられる。
「いやー怖かったわ…」
Tが来てくれたおかげで、本当に助かったと思った。
ただ、よく考えたら。
Tは私にとって彼氏でもなんでもなく、お互い1ミリも脈がなかった。それどころか、過去に部内でのTの遅刻と態度に私がキレまくってスイカの切り身をぶつけた仲なのである。(※和解済み)
1ミリも脈がないのに、彼氏かと間違われ、もしTがヤンキーに殴られてたらめっちゃ可哀想だな、と思った。既にスイカぶつけられてるのに。
さっきは来てくれてありがとう、私の目の前に現れてくれてありがとう。心からそう思ってるのに、その日も後日もキュンとすることはなかった。落語姿にときめくこともなかった。ヤンキーから助けてくれたからときめくなんて、幻想なのである。
ちなみに同期Bは、ほどぼり冷めた頃に「あ、おつかれ〜」と姿を現した。Bは15分前には集合場所に着いてるタイプなので、一部始終見てたじゃねえか、と思った。まあBは私より絡まれやすそうな見た目をしてるので、現場にいたらまず殴られていただろう。それを瞬時に察知したんだな。そういやスイカの時も空気になってたな。
TとB、元気かなー。