「ひまわりの約束」

夏の終わり、都会のビル群の中にひっそりと佇む小さな花屋で、**高田結衣(たかだ ゆい)**は忙しく働いていた。夕方の陽射しがオレンジ色に染まり、店先に並べられたひまわりたちを照らしていた。

結衣はこの花屋で働いて5年目になる。華やかな花々に囲まれながら過ごす毎日は、彼女にとって心地よいもので、静かな幸福感を感じていた。しかし、その心の奥には、誰にも見せたことのない哀しみがあった。

5年前の夏、彼女は最愛の人を失った。

彼の名前は藤井大輔(ふじい だいすけ)。結衣の大学時代からの恋人で、結婚を約束していた相手だった。彼とは大学のキャンパスで出会い、すぐに意気投合した。彼は明るく、優しい性格で、いつも結衣を笑わせてくれた。どんな時でも結衣の側にいて、彼女の心の支えとなっていた。

二人はよく一緒に旅行をし、笑い合い、時には些細なことで喧嘩もしたが、心から愛し合っていた。結婚式の日取りまで決まり、全てが順調に進んでいるかに思えた。

しかし、ある日、大輔は突然の事故で帰らぬ人となった。

結衣はその知らせを聞いた瞬間、現実を受け入れられなかった。彼との未来を信じて疑わなかった彼女は、一瞬にして全てを失ったのだ。彼がいなくなった世界でどうやって生きていけばいいのか、彼女にはまるで想像もつかなかった。

大輔と過ごした時間、彼との思い出のすべてが胸を締めつけた。それからの結衣は、何も手につかず、日々を過ごすのが精一杯だった。


そんな彼女を支えてくれたのが、大輔が残した「ひまわり」だった。

彼が生前、いつも言っていたことがある。

「結衣には、ひまわりが似合うよ。君は、いつも太陽みたいに明るいから。」

大輔が贈ってくれたひまわりは、彼との思い出とともに結衣の心に刻まれた。彼女は、彼の愛を感じるために、毎年夏になるとひまわりを欠かさず買い続けていた。ひまわりを見つめるたび、彼の優しい笑顔が浮かび、彼が遠くから見守ってくれているように感じた。

そして、結衣は花屋で働き始めた。

彼と一緒に過ごした思い出の場所ではなく、花に囲まれた静かな空間で、自分の心を癒しながら生きていくことを選んだのだ。


ある日のこと、結衣がいつものように店で花を並べていると、背後からふいに声がかかった。

「すみません、ひまわりを一束お願いできますか?」

その声に振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。彼の名前は佐藤亮介(さとう りょうすけ)。亮介は30代半ばのサラリーマンで、仕事帰りにふらっとこの花屋に立ち寄ったようだった。

「ひまわりですね。ちょうど今、店頭にありますので、どうぞ。」

結衣は微笑みながら、彼にひまわりを手渡した。亮介はそれを見て、少し驚いたような表情を浮かべた。

「君、すごくひまわりが似合うね。まるで花と一緒に咲いているみたいだ。」

その言葉に、結衣は一瞬動揺した。大輔が生前よく言ってくれた言葉と、まったく同じだったからだ。

「ありがとう…ございます。」

結衣はどう返事をしていいかわからず、少し戸惑いながらも、そっと頭を下げた。

それからというもの、亮介は週に一度、仕事帰りに花屋を訪れ、ひまわりを買っていくようになった。彼が何のためにひまわりを買っているのか、結衣は不思議に思っていたが、彼の存在が次第に気になり始めた。


数ヶ月が過ぎ、夏が終わりに近づいた頃、亮介はいつものように店を訪れた。

「結衣さん、少し話をしてもいいかな?」

亮介はそう言って、店のカウンター越しに声をかけた。結衣は一瞬驚いたが、彼の真剣な表情を見て頷いた。

「実は…ひまわりを買っていたのは、亡くなった妻のためなんです。」

亮介の言葉に、結衣は胸が詰まった。彼もまた、大切な人を失っていたのだ。

「妻が生前、ひまわりが大好きで、毎年夏になると僕にひまわりを贈るように言っていたんです。でも、彼女が亡くなってからも、その習慣を続けていたんです。きっと、今でも彼女が笑ってくれているんじゃないかと思って。」

亮介の話を聞きながら、結衣は自分と同じように愛する人を失った彼に、どこか共感を覚えていた。

「私も…大切な人をひまわりとともに見送ったんです。彼が言ってくれたんです。『君はひまわりみたいだ』って。だから、ひまわりを見るたびに彼のことを思い出してしまうんです。」

その言葉を聞いて、亮介はそっと結衣の手を取り、静かに語りかけた。

「お互い、似たような経験をしていたんですね。でも、結衣さんが花屋でひまわりを売る姿を見て、僕は勇気をもらっていました。きっと、僕たちはこれからも愛する人たちを胸に抱えながら、新しい道を歩んでいけると思います。」

結衣の目に涙が浮かんだ。彼もまた、自分と同じように悲しみを抱えて生きていた。そして今、彼の言葉が彼女の心に新たな光を差し込んでくれていた。

「そうですね…私も、前を向いて進んでいこうと思います。」

結衣はそっと涙を拭い、笑顔を見せた。亮介もまた、穏やかに微笑んで頷いた。


その日、結衣は最後のひまわりを空に向けて捧げるように掲げた。

大輔との思い出を胸に刻みながら、彼女は新しい未来を歩んでいく決意をした。亮介との出会いは、彼女にとって再び愛を見つけるきっかけとなった。

ひまわりは、二人の過去と現在、そしてこれからの未来を繋ぐ象徴となった。


その後、結衣と亮介はゆっくりとしたペースで親しくなり、二人で花屋を訪れることが習慣となった。過去の愛する人たちへの感謝を胸に、新しい愛を見つける旅が始まったのだ。

ひまわりの花言葉は「憧れ」と「愛情」。結衣と亮介は、その花言葉の通り、共に愛と希望を見つけ、互いに寄り添いながら新しい人生を歩んでいくことを誓った。

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