「秋風の約束」
紅葉の季節、街路樹の葉が赤や黄色に染まる中、悠太は久しぶりに故郷の小さな駅に降り立った。大学進学を機に東京へ引っ越してから5年。帰郷するのは久しぶりだった。駅前の風景はあまり変わっていないが、季節の移り変わりとともに心には一抹の寂しさが漂う。
幼馴染の千佳から「会いたい」と連絡が来たのは、つい先週のことだった。ずっと連絡を取っていなかった彼女からの突然の連絡に、悠太は戸惑いながらもすぐに返事をした。千佳はどこか懐かしい存在だった。二人は幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたが、東京に行ってからは疎遠になっていた。
夕方、悠太は指定された公園に向かった。そこは二人がよく遊んでいた場所で、今では大きな木々が鮮やかな色に染まり、夕日が差し込んでいた。公園のベンチに座る千佳の姿が見えた。彼女は変わらず優しい笑顔を浮かべていたが、どこか儚げな印象もあった。
「久しぶりだね、悠太」と千佳は微笑みながら言った。
「そうだね、元気にしてた?」悠太は少し緊張しながらも、懐かしさに包まれた。
二人はしばらく他愛ない会話を交わし、過去の思い出話で笑い合った。子どもの頃、秘密基地を作ったことや、川遊びをしていた夏の日々。悠太は気づかないうちに、時間があっという間に過ぎていくのを感じていた。
「実は、話したいことがあって」と、千佳は少し俯きながら言った。
その言葉に悠太は胸の中で何かがざわつくのを感じた。彼女の表情が変わり、何か重い話をしようとしているのがわかった。
「ごめんね、急に呼び出して…」千佳は言葉を選ぶようにして話し始めた。「私、しばらく体調が良くなくて…病院で検査を受けたの。そしたら、思った以上に重い病気だってわかって…もうあまり時間がないって言われたの」
悠太は一瞬、言葉を失った。信じられない。目の前にいる千佳は、まだあの頃の彼女のままだ。笑顔も変わらず、優しさも変わらない。それなのに、彼女の命が終わりに近づいているという現実が、悠太には受け入れがたかった。
「そんな…どうして?」悠太は声を震わせながら問いかけた。
「私も最初は信じられなかった。でも、今は少しずつ受け入れてきたんだ。だから、最後に悠太に会いたかった。ずっと一緒に過ごした時間を思い出して、ありがとうって伝えたかったの」
涙が悠太の頬を伝う。彼女がこんなに辛い状況にありながら、笑顔で彼に感謝を伝えようとしていることが、胸を締め付ける。
「そんなこと言うなよ…千佳はこれからだって、まだいっぱい生きるんだろ?」
「そうだといいんだけどね。でもね、最後に一つお願いがあるの。もし私がいなくなっても、悠太には幸せになってほしい。新しい出会いを大切にして、私のことを忘れてもいいから、笑顔で生きてほしい」
悠太は何も言えなかった。彼女の気持ちが痛いほど伝わってきたからだ。これから先、彼女のいない未来が現実のものになるのだと思うと、胸が張り裂けそうだった。
「でも、最後にもう一度約束してほしいんだ。秋風が吹く季節、ここでまた一緒に笑おうって。もし私がいなくなっても、その約束を忘れないで」
悠太は震える声で「うん」と頷いた。その瞬間、風が吹き抜け、紅葉が舞い上がった。二人はその風に包まれながら、静かに互いの存在を感じていた。
そして、季節は移り変わり、千佳がいなくなっても、悠太は毎年秋風が吹くこの季節に、公園に足を運んだ。彼女との約束を胸に、彼は彼女が願った通り、新たな日々を前向きに生きていくことを心に誓った。
終わり