花火とマリーとナポレオン


 女が夜空にUFOを見た。
「あ、ユーフォーだ」

① 女がUFOに向け茶色い指を突き立てると、円盤型のUFOは空にぴたりと静止し、やがて女の茶色い人差し指にオレンジ色の光線を送ってきた。びりびりびり。女の指に電撃が走る。オレンジ色の炎がぽっと燃え、女の肉体は一瞬のうちに蠟のように熱く溶けた。

② 女は自分の目を疑った。夜空にUFO。月まで出ている。UFOは円錐形だ。さきが尖っている。尖った先から長いブランコが下り、最初は背の高い美形の悪魔がブランコをこいでいた。悪魔はやがて不細工なウシガエルとなり、ウシガエルは楊貴妃となり、楊貴妃はチャップリンになった。ブランコをこぐチャップリンは英語で「だいじょうぶ。きみは狂っているけどそんなに悪い子じゃないからね」といった。女はチャップリンの英語をきちんと理解した。

③ 女の身体をUFOから下る白い光の束が包んだ。女の身体はやがて宙に浮き、白い光に吸い込まれていった。宇宙人の研究者たちはUFO内で地球人雌を存分に観察し、100%同じ成分のコピーを作った。肉体はもちろん地球人雌の意識もそっくりそのままコピーした。宇宙人は拉致した本物の地球人雌を自分たちの世界へ持ち帰り、コピーを地球に残した。

①から③まで話を書いてみた。③を選び、先をいそぐ。

 目が覚めた。なんとなく喉が痛い。首がコリコリする。肩を回してみた。骨がぎこちない。後頭部がじんじん痺れている。
鏡をのぞいた。
「わたしがいる」
 気づく前に言葉が口から出た。変だ。
意識より先に言葉が走る。
「カラオケにいって3時間歌おう」
 口が勝手に動いている。そんなこと考えていなかったのに。突然口が動き出すのだ。
 でもまあ、自分の口から出た言葉を聴くと、なんだかその気になってくる。女はひとりでカラオケ店にゆき、3時間歌い続けた。意識より先に指が曲を入れる。
 テイラー・スウィフト
 アリアナ・グランデ
 アン・ルイス
 意識より先に指はアン・ルイスの「グッドバイマイラブ」を選んだ。意識は「六本木心中」あるいは「ああ無情」を歌いたい、がグッドバイマイラブのイントロが聴こえるとああ、これは名曲だったなと深々と感動する。
意識より先に指はKAROLGを選んだ。ラテンは好きだが歌えない。リズムが取れない、女は屈辱を覚えた。ラテンが歌えるようになりたい。目標が出来た。
 どしゃ降りの雨の中、暗い帰り道を女は辿る。意識より先に自動ドアが開き、意識より先に指が玄関のキィに触れる。

「ただいま」
「おかえり。どこで遊んできたの?」
「カラオケ」
「ごはんは?」
「なにも食べてない」
「ドリアを作ったよ。温めようか?」
「お願い」

 いつも通りロボットはいい仕事をする。ロボットが来てからはや3年がたった。毎日食事を用意してくれる。部屋の掃除をしてくれる。服にアイロンをかけてくれる。株で稼ぎ、女の口座を金で満たしてくれる。毎朝毎晩マッサージをしてくれる。しかも肌触りは人間の男そっくりですばらしく美しい顔とすてきな肉体、完璧な愛の言葉と愛のテクニックを持っている。
 ただ人間ではない。
 女はこのロボットをロボットのリース会社から長期で借りているのだ。一か月50万円。しかしロボットは毎月投資で3桁を軽く稼ぐ。ロボットのリース代を払ったとしても、女の懐は膨らむばかりなのだ。
 女がベッドに横になる。
 ロボットが即座に女の身体にはりついた。
「そろそろ僕に名前をつけてくれないか」
「ロボット、じゃだめなの?」
「きみは人間をにんげん、とは呼ばないでしょ」
「そうね」
「だったら僕のこともロボットとは呼ばずに、ちゃんと名前で呼んで欲しいんだ」
「わかったわ。考えておく」
「ありがとう。今日は最後までしたいの?途中がいいの?それともおとぎ話を聞かせるだけでいい?」
「ゆっくりぜんぶさわって。さわりながらお伽話を聞かせて」
「わかったよ。むかしの話だ。あるところに大きなお城があった。お城には魔女と魔女の愛人が3人暮らしていた」
「ねぇ、なんだかちっとも感じない。うんともすんとも感じない。ロボット、耳をかじってみて」
「いいよ。かじったよ。これでいい?」
「ぜんぜんダメ。蚊に刺された方がまだ感じる。ロボット、わたしの腰を両手で包んで」
「わかったよ。こうかい。これでいい?」
「ダメダメ、ぜんぜん感じない」
「どうしちゃったの?いつもなら3秒でイキそうになるくらい感じる腰なのに」
「わかんない。どうしちゃったんだろ、わたし」
「とにかく眠ったらどう?睡眠導入剤飲んで」
「わかったわ」
「僕もロボット用オイルを飲んだらすぐに寝るからね」
「わかったわ」
「僕の名前を考えるの忘れないでね」
「わかったわ」
 女は睡眠導入剤を飲んだ。いつもなら5分で効く薬がまったく効かない。ロボットがロボット用オイルを飲んでいる。どろっとした琥珀の液体を眺めるうちに女はそれが飲みたくてたまらなくなった。
「ねぇロボットそれちょうだい」
「これはダメだよ。ロボット用だよ」
「いいの、飲みたいの」
「本気なの?飲んだら死ぬかもよ」
「いいの、飲まない方が死ぬ気がする」
 女はロボットの手からロボット用オイルを奪いそれをゴクゴク飲み干した。ああああああ。なんて美味しいんだろう。身体がエネルギーで満ち溢れる。女はにっこり微笑んでロボットに抱きついた。
「ねえ、あなたの名前、決めた」
「なに、僕はなんていうの?」
「ホセ・ナポレオン」
「ホセ・ナポレオン」
「気に入った?」
「うん、なんだかよくわからないけどステキな響きだ」
「ホセ・ナポレオン」
「なに?」
「わたしも名前で呼んで」
「きみの名前?」
「そう、わたしの名前」
「えと、なんだっけ?」
「忘れたの?」
「契約書を見ればわかるよ」
「ひどいのね」
「きみが言えばいいじゃない。自分の名前」
「え、わたしの名前?えと、なんだっけ」
「思い出せないの?」
「思い出せない。どうしよう。ホセ・ナポレオン」
「契約書を見ようか?」

 「えと、マリー・アントワネットと書いてあるよ。契約書には。ほら、ココ見てごらん」
 女が契約書をのぞくと確かに契約者欄に「マリー・アントワネット」と書いてある。
 わたしは誰?
 わたしはマリー・アントワネットなの?

 ロボット用オイルを飲んだマリー・アントワネットはホセ・ナポレオンに抱かれ絶頂に達したとき、口から火を吹いた。それはとても芸術的な炎で、マリー・アントワネットに「花火」という言葉を思い出させた。

 どこかの遠い星で、元地球人の女はいったい何をしているだろう?まあ、心配は無用だ。郷に入れば郷に従え。元地球人の女はおそらく見知らぬ遠い星の誰かと恋に落ち、よろしくやっているに違いない。

 

 

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