稲盛和夫塾長

盛和塾という経営塾と出会うずっと前に
「生き方」
という本に出会った。
まぁなんていうか、よくいう表現であれば、
頭をカナヅチで殴られたような感じ?
を抱いたのを覚えている。

その後何年かして盛和塾と出会った。

当時の僕はまだ専務取締役で
数字面は勿論だが、
それよりも社員さんたちとの 
人間関係にたくさん悩んでいた。
なんなら父親との人間関係も。

未熟な経営者あるあるかもしれないけれど、
ほんと今よりも、
もっともっと悩みながら走ってた気がする。

そんな中で、ある方の紹介で
盛和塾という経営塾の存在を知った。
そして、大阪の自主勉強会に参加することになった。

まぁ、盛和塾についてはなんとなくは知ってたけど、
所謂、自己啓発セミナーみたいなもんだろうと
思ってそんなに強い思いを抱いて参加したわけではなかった。

当時の自主例会の名は「勝己の友」だった。
己に勝つとかいう言葉自体に
少し嫌悪感を抱いたのも覚えている。

しかし、そこでみたのは、
壮絶な経営者集団の殴り合いだった。
(本当の殴り合いではない)

もはや皆さんが喋っている言葉が
わからず、必死でメモを取る
自分がいたのを覚えている。
それまで参加した経営セミナーや
自己啓発セミナーとは比べものに
ならない集団だった。

そして盛和塾の門を叩いた。

新しい場所における人付き合いが
すごく苦手で、あまりすぐに
入っていける方ではなかったので、
馴染むまでには少し時間が
かかったけれど、2年後くらいの
経営委員会(小集団)がすごく
よかったのを覚えている。
奥手で引っ込み思案な私を
引っ張り出してくれた仲間たちだった。

エピソードを話し出すとキリがないので
今日はこのくらいにしておこう。

その盛和塾の塾長が稲盛和夫さんだ。
京セラを創業し、KDDIを創業し、
JALを復活させ、あまたの企業を
生み出し再生された経営の神様。

最初に参加した盛和塾世界大会では
稲盛和夫さんのお話を聞いて、
涙が溢れたのを覚えている。
そして懇親会が終わり、退場される時、
握手をして頂いた手は、
とても温かく、柔らかな力強さがあった。
「がんばれよ!」って言って貰えた気がした。

稲盛和夫さんから学んだことは
多くある。
でもその中で本当に今も
ほぼ毎日反芻している言葉が

「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」
「常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で」
「事業の隆盛と人徳の和合」

の3つだ。
これをまじないのように唱えている。

齢90歳。
早かったのか大往生か。
稲盛和夫さんがされてきたことを考えると
大往生だったのだろうと思う。

今、当社がまだあること。
今、私の命がまだあること。
稲盛和夫さんのおかげさまであることは
間違いない。

R.I.P. 稲盛和夫塾長

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