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[ゲームセンター]雨の日のタイムマシン

高校三年の夏、

近づく台風のお陰で学校は午後から休校になった。

空は雲ひとつなくて、学校の慌ただしさが嘘みたいだ。

でも、高校に入ってから伸ばし始めた長い髪がわずかにパサついて雨がもうすぐ来ることを密かに教えていた。

帰りに紗矢がゲームセンターに誘ってきた。どうせ家は近いし台風が来るまでには帰れるだろう。折角休校なのになにもしないなんてもったいない。私は喜んでOKした。

私たちはいつものプリクラコーナーに向かった。プリクラ機の手前に初めて見る筐体が置いてある。それは大きな電話ボックスみたいな形をしていた。

筐体を見て足を止めた私に紗矢が気づいて振り返る。

「なにしてんの?台風来ちゃうよ」

「いや、これ、前からこんなのあったっけ?」

紗矢は戻ってくると、パーマの掛かったボブヘアを指でいじくりながら筐体を眺める。

「へー、有希ってこういうの好きなんだ。ちょっと意外」

「いや、好きって言うか変わった筐体だよね。」

それはVRゲームで、ステージをクリアすると未来の質問に3つ答えてくれるというものだった。機械なのでもちろん内容はでたらめなんだろうけど、紗矢は興味深々にみている。

「ふーん面白そうじゃん。でも、これ3つのうち1つは嘘が返ってくるんだ」

「どっちにしろ機械なんだから出鱈目だよ」

「有希は夢がないなぁ、よし!いっちょやってみる。トオルとの未来も占ってみたいし」

紗矢はニヤニヤしながらヘッドフォンとゴーグルをつけ始める。

紗矢の彼氏のトオルは3年の春になって転校してきたヒョロガリのメガネだ。冴えない見た目の彼に何故か紗矢はゾッコンだった。

正直、紗矢はクラスでも人気があったし吹奏楽部でも部長をしていて、後輩からも信頼されていた。リア充の紗矢と陰キャのトオルでは、どう考えてみても釣り合っていない。

家族に紹介するんだ!真剣な顔で紗矢が私に話した時は正気を疑った。

結局紗矢は二千円もつぎ込んでゲームをなんとかクリアした。

「お疲れ、占いの結果はどうだった?」

筐体から出てきた紗矢に語りかける。

「聞いて!私、トオルと将来結婚するんだって。それから志望校にも受かるし、次の定期演奏会では金賞がとれるって!いやー二千円も頑張った甲斐があったよ」

紗矢は跳び跳ねながら喜んだ。

「でも、1つはうそなんでしょ?」

外ではポツポツと雨が降り始めた。

「そっか。それなら残りの2つはいいからトオルとの結婚がホントだったらいいな。」


結論から言うとそれらは全て嘘だった。

その夜紗矢は氾濫した川に落ちて帰らぬ人となった。

通夜にはトオルの姿があった。生気の抜けた目で焼香を何度も何度も焚いていた。何度も何度も何度もまるで蘇りの儀式みたいに。

紗矢が死ぬ直前まで一緒にいた私は誰にも責められなかった。家族も紗矢の両親も、そしてトオルもあの日なにがあったのか詳しく聞かなかった。本当は問いただしたかっただろうし、なじりたかっただろう。

ただ、それをするには当時高校生だった私はあまりにも悪者過ぎた。私が殺した……それはどんなに言い訳をしても変えられないことだったし、自分が一番よく知っていた。

あれから5年たった今でも、それは変わらない。

あのころよく行ったゲームセンターは今年の末には取り壊されるらしい。

私は窓ガラスが割れまくったゲームセンターだったものを見て、今も紗矢を思い出す。

確かにこの世界には紗矢という少女がいて、あの日必死に未来を知ろうとしていた。


ポツポツと雨が降り始めた。

近くに雨宿りするところもないので仕方なく。廃墟の屋根の下に駆け込む。

雨は中々止みそうになかった。

廃墟の中を覗くとあの日のことが克明に胸に迫ってくる、まるでまだ中に紗矢が居るような気がした。

あの頃は長かった髪の毛を社会人になってからは短くしたし、ストレートパーマも当てなくなった。服装もあの頃みたいな子どもっぽい物は着れなくなった。それでも、私は高校生の頃の私がはっきり自分の中にいるのを感じた。

私はいけないと分かりつつ中へと足を進めた。中は使われなかった筐体が放置されていて空気の流れがここだけ止まってるみたいだ。そして、ソレはソコにあった。

「うそ…なんで……」

紗矢が二千円も使ったあの筐体、あの筐体だけが何故か起動していた。あの日と全く同じ姿で。

私は中に入って恐る恐るゴーグルとヘッドフォンを身につけた。

目の前には紗矢がいた。

紗矢!紗矢!

「第一志望の学校には受かりますか?」

紗矢はこちらに気づかずに話し始めた

「なんで!?紗矢聞こえないの?」

「イエス、貴方は第一志望の学校に合格します。」

これは……あの日の紗矢を写してるの!?

「まじじゃん!すご!えーっとじゃあ次の吹奏楽部の、定期演奏会では金賞をとれますか?」

「イエス、貴方は次の定期演奏会で金賞を取ります。」

紗矢の声は少し躊躇ったあと最後の質問を投げ掛けた。

「トオルと有希は結婚しますか。」

……ッ!?

「イエス、トオルと有希は結婚します」

「そっか、よかった。」


そこからどうやってうちに帰ったのかは覚えていない……


1週間後、私たちは式を挙げることにした。

私はあの年定期演奏会で紗矢が取るはずだった金賞をとり、紗矢が行くはずだった大学を今年卒業した。

あの日、私たちは入れ替わったのかもしれない。背中を押されて川に落ちた彼女は濁流に飲まれてすぐに見えなくなった。あの日紗矢の人生を私が奪った。いや、あの日でなくてもいつかはこうなっていただろう。

私はニヤニヤしながらヘッドフォンで式の日に流す曲を選んでいる。

ヘッドフォンの外側で雨の音と瓦礫が崩れるような音が聞こえた。


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