35歳で気付いた、人生においての「やめていく」考え方 #13
現在37歳の私ですが、子どもを産んで、35歳(娘が2歳)の時に、「自分に手放せるものは何か」という観点で物事を捉えるようになった。
きっかけは、仕事に復帰したことでの、圧倒的な時間のなさ、を感じたことである。
心底、わかった。
「全部をこなすのは、無理」だと。
そう思わざるを得なかった。
その時に、これまでなら、「私がやらなきゃ」と思ってやっていたことを「やめる」という決断をした。
例えば…
買い物の時間 → ネットスーパーへ
おかずの数(2品) → 1品でよくね?
SNSの近況報告 → やめた
服 → 制服化して同じものを着回す
物の管理が面倒 → 断捨離して物を減らす
仕事の業務整理 → 私じゃなくてもいい業務は外注化または人に振る
娘の保育園の預け時間 → 平日1時間延長 +土曜日も預けることに
これらは、
私がやらなくてもいい
私の頭で考えなくてもいい
私が「やめる」ために、試みたことだ。
その結果、この2年、かなりメンタル的に生きやすくなったし、
やめていくことに心地よさすら覚えるようになった。
仕事においても、これは、職務上において「私」がやるべきことだろうか?
と考える癖がついた。
その上で判断し、人に仕事を振れるようになった。
「やめる」ことは、考え方も含まれる。
トラブルが起きた時に、「悩むこと」をやめて、「考える」ようになったのだ。
以前の私なら、悩むことに多くの時間を費やしていた気がする。
でも、子育てしていると、悩む時間さえもないし、あっても疲れるだけで何の生産性もないのだと気がついたのだ。
何かを始めたり、今の生活に「プラス」していくことって、わかりやすいのだが、
何かをやめたり「マイナス」することって、プラスするよりも本質的なところに繋がる。
物の断捨離と、心の断捨離は、非常に似ていると私は思う。
やめることは、あきらめることではない。
自分が心からやりたいことや、望むことを選び切ることになるのだ。
最近やめようと試みているのは…
物を更に手離す(最適ミニマリストを目指す)
クレジットカードを最小にする
証券口座を最小にする(一本化)
周りからの評価を捨てる
自分にはできない、という思いを捨てる
特にクレカや証券口座は、解約や移管作業が何かと手間になるが、最初にしっかりしておけば、後々、管理が楽になるのだ。
あとは、自分のメンタルブロックを外すこと。
私が「出来ない」と思っていることが、自分の人生においてどれだけストッパーになっているか、その経済損失ってすごいのではないか?と考えるようになった。打破したい。
私が「やめられないもの」や「どうしても手放せないもの」は何か?
についても、考えることは大事だ。
限りある時間の中で、自分が「やめていく」ことで楽になるものを模索していこう。
試験的にでもいいから。
手放していったら、見える世界が変わる。
年に一度でもいい。
「やめること、やめられないこと」の交通整理をしていくことで、より自分の歩む道の解像度を上げれる気がする。