タイムカプセル、埋めるのはいま
【日々はあっちゅーま】
#2,タイムカプセル実行委員会
『いつまでたっても変わらない、そんなものあるだろうか?』
情熱の薔薇/甲本ヒロト
保育園の仕事帰り、チャリで立ち漕ぎをしながら大好きなブルーハーツを熱唱し、スーパーのマルエツで夕餉の食材を買い込む。
その頃私は、千葉県船橋市の外れの一軒家に、中学生以来の友人と3人でルームシェアをしていて。食べ盛り(?)の男子の胃袋を満たすべく、毎日両手いっぱいに食材を買い込んでは料理に勤しんでいた。
今日のレシピは、白子の天ぷらと、オクラの白あえと、ひじきの煮物。
レジに並ぶといつものおばちゃんが声をかけてくる。「あらお兄ちゃん、今日も野菜たっぷりで偉いわねぇ。本当感心しちゃう!」「おばちゃんありがとう!」
料理の支度が終わる頃、同じく仕事を終えた同居人が帰ってくる。
料理を並べ、冷蔵庫からビールを出し、私はグラス1杯分だけ、おこぼれにあずかり乾杯。
今思えば、後にも先にも、あんなにのどかに過ごした日々は無かったかもしれない。
のんびり夕食を囲みながら、こんな話題が出た。
「そういえばウチら、タイムカプセルって埋めてないね。」
タイムカプセル、学校の校庭の隅などに埋める、例のアレである。
「そういえばそうだ。今から埋めたら、逆に面白いかもね!」
男3人集まって暮らしていると、毎日くだらない企画や遊びに困る事は無い。こうやって日々、あーだこーだ楽しい事を夢想しながら暮らしていたものである。
さて日付が変わって次の日、何の気なしにインターネットで「タイムカプセル」と検索してみると、出るわ出るわ。
像が踏んでも大丈夫なタイムカプセル販売!
核戦争が起こっても大丈夫なタイムカプセル販売!
宇宙空間でも耐えるタイムカプセル販売!
タイムカプセル屋さんのオンパレードである。
慌てて、同居人を呼び興奮を分かち合う。
「やばいねこれ、核爆弾でも大丈夫だって!」
「こりゃ買うっきゃないな、タイムカプセル」
「買おう、買おう!」
今でも後先考えずに決断する私だが、その頃は輪をかけて後先考えていなかった。
そもそも核戦争が起こる世界において、タイムカプセルなどという娯楽、なんの意味も無いだろうに。
地球が破壊されて宇宙空間に漂うタイムカプセルに、誰も用など無いだろうに。
そんな事には露とも考えが及ばなかったのである。
数日後、我が家のもとにタイムカプセルが送られて来た。
像が踏んでも、核が爆発しても、宇宙に放り出されてもびくともしない、正真正銘のタイムカプセルだ。
銀色に輝く、近未来を彷彿とさせる金属製のフォルム。
ボルトできっちりと閉まる完全密閉型の容器。
形と大きさはというと…、心なしか「ぬか漬けのツボ」に見えなくもない。
まさに、銀色に輝くぬか漬けのツボである!
締めて8万円なり!
現物を目にして3人思う。
「思わず買っちゃったけど(8万円)高いよねぇ。」
「思わず買っちゃったけど(8万円)高いよなぁ。」
「こりゃ高いわ…。」
しかし、3人よれば文殊の知恵とは昔の偉い人もよく言ったもので、頭を捻っているうちに、素晴らしいアイデアが思いつく。
タイムカプセル、3人で割るから高いのならば、参加者をもっと増やしてしまおう!
1990年代というのは、まだまだ個人情報保護という概念が行き渡っていなかった時代。3人が通っていた母校では、学年名簿という学年200人あまりの生徒の住所と電話番号がバッチリ記載されていた冊子を、生徒全員に配布していた。
それから毎晩、3人はとっくに卒業した母校の学年名簿を片手に、元同級生の実家に、1件1件電話をかけ始める。
「あっ、もしもし、〇〇くんの自宅でよろしかったでしょうか?私、〇〇高校で、同じ学年だった前田と言います。今日はタイムカプセルの件でお電話しました。〇〇くんはいらっしゃいますか?」〜実際の電話の風景より〜
今思えばめちゃめちゃ怪しい電話だが、その時は必死だった。
高校を卒業してから6〜7年は経っていただろう。
既に実家を離れている人、海外にいる人、結婚をしている人には、さらに連絡先を聞き出し電話をする。
電話がつながれば、まずはたわいも無い思い出話から入り、だんだんとタイムカプセルの交渉へ。
「〇〇君久しぶり!元気してた?なんだか卒業してからあっという間だよね。〜中略〜ところで、今度タイムカプセル埋める事になってさ〜。〇〇君も一口1000円で参加しない?」
中には、前置きの思い出話で花咲いてしまい、何時間も長電話する羽目になった事もある。
(同居人のゲンちゃんは、タイムカプセル勧誘のせいで、翌月の電話料金が5万円を越えてしまい、苦労したと、後々笑い話として語ってくれた。)
さて、タイムカプセルの約束が取れたら、今度はタイムカプセルキットの製作である。
購入したタイプカプセルは、ぬか漬けのツボ程度の大きさなので、あまり物が入らない。
今回、参加者には卒業アルバムのような用紙を郵送し、参加費(1000円)と一緒に返送してもらう方式を採った。
『タイムカプセルアルバム用紙』
氏名/現在の職業/一五年後の私へ/一五年後の未来予想/一五年後だから言える秘密/好きな人/写真/
などなどを、千年間は劣化しないという高級紙にプリントアウトし、郵送したのである。
それからというもの、毎日仕事から帰ってご飯の支度をして、夕食の後にはタイムカプセルの発送準備を、同居人と行う日々。
そうのこうのしている内に噂が広がったのか、私も俺もタイムカプセルに参加したい。という連絡が、シェアハウスに頻繁に入るようになって来た。
中には、同級生ではなく違う学年だった人や、そもそも違う学校の人や、現在進行形で母校に通っている高校生という、会った事も無い人から連絡が入る事も。
気がつけば、参加者は100人を越え、200人に手が届く程に。えらいこっちゃ。
あまりに沢山の郵送を送り、あまりに沢山の返送物がやってくるので、シェアハウスのポストにデカデカと張り紙を貼った。
『タイムカプセル実行委員会コチラ』
その後、毎日毎日やってくる返送封筒を開け、用紙を確認し、ラミネートパウチをかけ。(ラミネーターも購入しました)1ヶ月後、ようやくタイムカプセルに全ての用紙を詰め終わったのである。
単なる思いつきのはずが、えらい仕事になってしまった。
そして、8月上旬の晴れた日、埼玉県のまえだゆうきの実家に、タイムカプセルを埋めに30名程度の男女が集まった。
汗水流してシャベルで穴を掘り、タイムカプセルを埋め、近くの木に札を括り付けた。
『タイムカプセル2025年までここに眠る』
これからの素晴らしい未来を願って、みんなで乾杯をした。
思いつきで始めた企画だったが、終わってみれば、なんだか達成感と感動が残るいいイベントだった。大人になってからも、こうやって面白い事続けていきたいな、とひとりごちてみる。
数日後。
仕事から帰るなり、同居人がすごい剣幕でやって来た。
「おいゆうき!いますぐ母校のホームページ見てみろ!えらい事になってるぞ!」
〇〇高校ホームページ
『タイムカプセル参加を語った新手の詐欺に注意!』
近頃、タイムカプセルへの参加を理由に、金銭を要求する類の詐欺が多発しています。
万が一、そのような電話がかかって来た際には、すぐに電話を切り、速やかに学校まで連絡ください。
〇〇高校校長
絵本作家まえだゆうきが、オレオレ詐欺ならぬ、タイムカプセル詐欺の首謀者になった瞬間である。
おしまい