京都・北山杉を訪ねる
日本の杉林には、北は秋田杉、静岡の天龍の杉、奈良には吉野杉、九州なら日田の杉などあるが、木に関わる方々なら京都の北山杉を知らないものはいないだろう。
〜日本だけに生息する『杉(スギ)』の木〜より
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先日、自身の母校である三重大学の持つ演習林エリアである『美杉』地区を再訪し、津市美杉が舞台となった映画「WOOD JOB!(ウッジョブ!)~神去なあなあ日常~」を監修した林業家のもとに各地から気になる方々が参集した中に混ぜてもらう機会を得た。
津市美杉が舞台となった映画「WOOD JOB!(ウッジョブ!)~神去なあなあ日常~」によるシティプロモーション
この美杉地区にも「台杉」と呼ばれる技法で、杉を育てる林業家がいる。彼の目当ては、もう技術者が少なくなってきた『杉玉』つくり。この台杉から得られる杉の穂が『杉玉』つくりには良いらしく、おそらく日本で第一人者と呼ばれる技術者が美杉にはいるという。
この台杉が美杉にもある!と驚いていたのが、今回訪れることになった京都北山で山を守り、北山杉を生産される株式会社中源さんだ。
とある日曜日。
土曜日から別の要件で京都入りし、日曜日10:30ごろに訪問させていただき13時までの2時間半もの長時間にわたり北山杉や木の面白さをご指導いただいたので、この機会に整理しておこうと思う。
中源の社長。中田さまには色々教わった。
北山の集落の歴史は、源氏と平氏の時代まで遡る。平氏の追っ手から逃れた源氏のある一派は京都の奥深い山に集落を形成したものの、山間の谷に位置する北山では日の指す時間帯も限られ米ができる土地ではなかった。そこで、林業に進出し得られた材木を打って食を得るという手段しかなかったと聞く。
上記、京都北山丸太生産協同組合のサイトにも、そのような歴史が解説されている。大抵の木材産出地域には、大きな河川が流れている。というのも伐出した丸太を川の流れを利用して市場まで運ぶことが出来たからだ。丸太を筏に組んで、川を流し市場へ運ぶ筏師の姿が日本文化に残る。民謡「木曽節」の『木曽のナーァ〜中乗りさ〜ん♪』と筏師の姿を歌う。そんな筏師の姿は、下記サイトを参照されたし。
しかしながら、京都北山を流れる川にはそんな水量がない。山を超えて谷を超えて人が運ぶしかない・・・だから、人が運べるほどの丸太を生産する・・・それが京都は北山杉の伝統となっている。
北山では、他の地域と違い夏に杉を伐採する。
奥深い谷に位置する北山では、秋に伐っていては日が当たる時間が短いために乾燥しないからだ。だから、夏に入るまでに杉の木立にのみ葉を残し、樹体の蒸散能力を極力抑えて樹木そのものに、もう直ぐ冬を迎える秋の季節を迎えたと錯覚させる科学の力を使う。
夏の蒸し蒸しとした季節に木を伐るのだから、山裾の丸太小屋では天気の日には窓を閉め、雨の湿度高い日には窓を開け、湿度調整しながらじっくりと丸太を乾燥させる技法を使う。だからこそ、背割りを入れなくても割れにくい磨き丸太が生まれ、全国から重宝される。
磨き丸太の技法も面白い科学だ。
上記サイトにも解説があるが、旅の途中で行き倒れになっ僧侶を看病したのちに、僧侶が告げたと言う。「菩提の滝の滝壺にある砂で、丸太を磨いてごらんなさい。」・・・言われた通り、皮をむいた丸太の表面を砂で磨いてみると、美しい光沢が現れ、その木は都で高く売れるようになり「磨き丸太」の生産で村は大変栄えたとのこと。
私も実際に体験させていただいた。
菩提の滝壺の砂は、擦るうちにいい塩梅に解けていき、いわゆる砥の粉を含む砂で、人口のやすりで削っていくのとは違い、とても滑らかに木肌を擦り磨き上げていく。その説明通り、ほんのわずかな時間でさえ木肌はツルツルになった。おまけに、自身の手のひらまでツルツルになるのだから請け合いだ。
北山の職人の歴史は、北山だったからこそ、知恵を集め科学していく歴史だと言える。
北山の杉は、前述のサイトで『世界で初めてデザインされた木』と紹介されている。その絞りという技巧について、次に見ていこう。
北山杉は、かなり丁寧に枝打ちされる。一般の杉林の倍以上と説明をいただいたが、見た目にはそれ以上の枝打ちをされているように見えた。早々に枝打ちすることで、樹木が成長する過程で節を隠し見事な床柱を生み出す所以だ。また、その一方で絞りと言われる技巧は、お箸状の道具を皮を剥いだ木肌に固定をし、ワイヤーで縛り上げるもの。木肌の柔らかい杉だからこそ、この技巧が映える。お箸状の道具の間に膨らみを生み出し、見事な凹凸が生成する。もちろん、この木肌を天然に生み出すエリートツリーもあるのだが、そのエリートツリーを代々選木してきた目もやはり科学の賜物であろう。北山の林業は、基本挿木で造林していくそうだ。挿木は、エリートツリーから得られた枝葉をもとに行うのが特徴で、種から生産するよりも効率的であり、ある意味効率も良い。
この絞りの技術・・・面白いものでは、ビール瓶の蓋を利用した絞り。私は、ゴルフボールでも当てたかと思うほどに丸く旨い感じで凹みが生まれ、興味深い。
当時高く評価された磨き丸太の木肌を人工的に作り上げるために工夫されたのが絞りの技術であり、この絞り技術により安定的高値で北山杉を価値化することに成功した先人の試みには脱帽するほかない。
台杉という技術
北山の集落から鷹峰街道を少し登ると、台杉の群落に遭遇する。
ここは、あくまでも民友林であるので、立ち入りはご遠慮いただきたいが、山主がここに集積させて、1000数百株を管理しやすいようにした場所だとのこと。台杉は若いものでも100年近く、大きなものでは300〜400年の時間を経過した株がゴロゴロ。これを庭木に求めるお金持ちも珍しくないとのことだが、一株数千万円もする価値なのだから、またすごい。
一つ一つの台杉株は威厳のある立ち姿で、ここに一歩足を踏み入れると、なんだか恐竜の世界にトリップしたようなそんな感覚にもなってしまう。毎年、8月初旬には台杉の元に30名ほどが集まって体験する機会もあるそうなので、またここで情報共有させてもらいたい。
改めて、この台杉という技術。
京都の山深い谷に位置する北山の集落で、新たに造林することは大変困難であるというのはすごく良く分かる。温暖な地域ではないので、幼木を育てて造林するにも根付くものばかりではない。また、近年は鹿が増え続けて食害により幼木が全滅するなんて話は各地から届く。そこで、この台杉という技術。株が元気な間は、そこから芽吹いた幼木をそのまま育てることで、造林の手間を省けるという視点と、その株がエリートツリーであれば、その要素を持った北山杉を続々と生やせることが出来るという育林・造林の上での科学がここにはある。
先人の匠の中に、そんな科学的視点が芽生えていたのかは定かではないが、先人の目にはその昔から未来を見通す力強い熱意があったには違いない。
案内いただきながら多くを説明いただいた中源の中田社長の解説には、こうあった。この台杉の技術は、柔らかい杉が雪などの重みから地面に倒伏してもそこからまた垂直に立ち上がるという伏条木の様子から着想を得たのではないかとのこと。自然の中で起こる杉の復活の様子を、技術的に応用したのが台杉という技術なのだ。
だからこその、世界で初めてデザインされた木「京都北山杉」
京都の北山には逃げ逃れた源氏の末裔が生活のために林業を始め、谷深いところだからこその苦難を乗り越えるための北山杉丸太生産と、その丸太の中から高く評価されて高額に売れた丸太表面を人工的に再現する『絞りの技術』。磨き丸太の技巧をさらに昇華させた『菩提の滝壺の砂』。そして、造林の手間を軽減し、エリートツリーの性能を受継ぎ高値で北山杉を増産するための『台杉の技術』・・・まさに世界で初めてデザインされた木が『京都北山杉』であるということだ。
この北山杉・・・映画の中で何度も紹介されているという。
映画『古都』については、原作である川端康成の小説を解説したWikipediaが詳しいように思う。
Wikipediaにおいては、1963年岩下志麻主演による松竹での映画化、1980年山口百恵主演による東映での映画化、2016年には松雪泰子主演にて映画化されたようだ。映画化のほかに、ドラマ化も何度もされているようで、1964年小林千登勢、1966年長内美那子、1980年岡江久美子、1988年沢口靖子、1994年中江有里、そして2005年上戸彩。
こんなにも何度も映画化もドラマ化もされているのに知らないだなんて、恥ずかしい限り。映画は、ヨーロッパ諸国に配給されていて、世界の方がよっぽど知っているという北山杉・・・その歴史と先人の培ってきた技術の集大成と言えるだろう。
ただ、この映画の舞台となった、北山杉の木造倉庫群が危機に陥っている。京都市は景観を残すべしと判断しているようではあるが、その資金拠出に至っていない現在、劣化が心配される。
第12回 木造倉庫群は健在!時代に翻弄された美しき北山杉(京都市)
この集落が氏神様として祀る、中川八幡宮は関東地区からも人を惹きつけるパワースポットだそうです。
中川八幡宮秋祭り
パワースポット!
中川八幡宮は、鎌倉時代の建立で、当時は中川八幡神宮とされた由緒ある北山の林業の氏神さまとのこと。本殿の上には大きな岩が鎮座し、御神体と崇められている。ある時、地震か何かで、御神体の一部が落石。氏子の皆さんには危険極まりない事態となったが、西は中国地方から、東は鎌倉まで、なにかこの御神体を敬い詣る方々がいらっしゃり、この落石したご神体の一部をお祭りし、毎度毎度お清めに訪れる方々がいらっしゃる、また由緒ある場所なのである。
マザーツリーの白杉。
こちらの樹体は45mあり、国内で現存する杉としては最高であるとか。
この度は、中源株式会社の中田社長にご案内いただきました。
中田社長、この場をお借りして感謝。本当にありがとうございました!
北山杉へのお取組はインスタグラムでも情報発信中。
今日はここまで。