![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/98752205/rectangle_large_type_2_63039a81281055c5e946b841da942672.png?width=1200)
最長片道切符で行く迂路迂路西遊記 第28日目
前回のお話は以下URLから。
第28日目(2007年9月4日)
(小浜ー)諫早ー肥前山口
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/98524224/picture_pc_be78bc88cf092af0cd069fa47d358a8c.gif?width=1200)
28.1 諫早駅へ向かう
ホテルを出て空を見上げると、青空が見えた。ホテルは周りの建物の影になっていて暗いが、空は青い。きょうは快晴である。
![](https://assets.st-note.com/img/1677177169838-PQSRMw3VIu.jpg?width=1200)
バス乗り場で諫早駅までのきっぷを買って、諫早駅前行のバスに乗る。昨日と同様の前乗り前降りタイプのバスである。
![](https://assets.st-note.com/img/1677177205292-ZXgGQL3HaA.jpg?width=1200)
小浜の市街地を出ると、山を登って峠を越える。その峠を越えてしまうと、海は見られなくなり、田畑の中を走る。途中、多くのお年寄りを乗せていくが、いずれも運転手さんとは顔見知りのようで、気軽に挨拶を交わしていく。
愛野から島原鉄道線に沿って行く。辺りには水田が広がり、僕がそれを写真に撮っていると、運転手さんが「みんなここは干拓地なんだよ」という。「ここは海だったんですか」と返せば、向かいに座っているお婆さんが「そうだよ」と言った。
人家が密集して、諫早の市街へと入る。運転手さんとお婆さんにお礼を言ってバスを降りた。
28.2 最長片道切符の旅、最後の乗車
![](https://assets.st-note.com/img/1677177243093-mlyglYbP7Q.jpg?width=1200)
最長片道切符を取り出して、ホームへと向かう。この最長片道切符の有効期間は発売日共57日間で、発売日の7月10日から数えると、きょうがその57日目にあたる。きょうをもって、有効期間が終了するわけである。
![](https://assets.st-note.com/img/1677177258877-q5G3sdrE72.jpg?width=1200)
4番線で9時49分発の特急かもめ12号を待っていると、僕の背後を長崎行のかもめ5号が出発していった。それから数分して、白い車体の博多行特急かもめ12号が到着した。僕は、一番後の車両、1号車へと乗り込んだ。
この旅において、いつも列車に乗るときは、何気なく乗っていたような気がする。乗るという行為それ自体に何の感慨も覚えていなかったとすら評しても良いかと思う。それがどうだろうか、乗降口から踏み入れる一歩一歩に何かしら襟を正させるような気分を感じる。そして、落ち着かない。
革張りの座席へと腰を下ろすと、列車は出発した。ドリンクサービスを受けて、一息をつく。車窓の有明海は太陽に照らされて目映い。長崎本線の有明海沿いに走るこの区間は、本当に明媚だと思う。
長崎県から佐賀県に入った。相変わらず有明海が広がり、旅の最後を飾るに相応しい景色を楽しませてくれる。
![](https://assets.st-note.com/img/1677177319278-PWXofO9QAl.jpg?width=1200)
肥前鹿島を過ぎると、客室内の車内表示器には、「次は、肥前山口」という文字が現れた。この長い長い旅、それは最長片道切符の営業キロの長さなど気にも留めないくらいの精神的に満たされた旅であったように思う。それはまた自身が現実とは一線を画した物語の世界にいるような感覚を満たしていた。いわば、この旅は長編小説であり、この旅にいるとき、僕はその私小説の主人公であったのだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1677177358993-i98ZPzv7yf.jpg?width=1200)
10時25分、列車は肥前山口駅に到着した。ホームを降りて、かもめ12号の去っていくのを見送る。誰もいないホームで、列車が見えなくなるまでそこに立っていた。何かまだ未練が残っているかのようであった。僕は橋上駅舎への階段をゆっくりと上り、改札口へと向かった。僅か数十秒の間のことではあるが、僕の頭の中ではこの旅の想い出が再生されていた。中年の駅員さんに途中下車印で埋め尽くされた最長片道切符を差し出し、「記念にください」と言う。すると、その駅員さんは色んな種類の判子の中から無効印を取り出して、「お疲れ様」と言って、そっと判を押した。駅員に見送られ、駅員に迎え入れられる。券面に押された色とりどりの印は、すべてその証である。僕は、この旅で出会ったすべての駅員さんに対する気持ちで、最後のこの駅員さんに「ありがとうございました」と言った。