サクラの革命の裏側でこっそり動いていた者たち
山道を軽キャンピングカーが猛スピードで駆け抜ける。
その背後から機械で出来た複数の鳥や狼が車を追っていた。
2機の鳥が車の横を通り過ぎて前方に回ると、それらがフロントガラスめがけて突っ込み、そのまま車を貫通して後方へ飛んで行った。
その直後、誰も見えない運転席で砕けたガラス片を浴びた男が頭を上げると、車はさらに加速していく。
しかし機械の動物たちはその加速にも離される事は無く、寧ろ距離を縮めてしまう。
そして1機の狼が右横から体当たりをして車が横転し、路面を滑って山肌に突っ込んだ。
運転手が割れた窓から抜け出そうとしたが、機械の狼の群れに囲まれ、機械の鳥が上空を旋回している。
「これは、もうダメかな……。まだ書きかけだけど最後の記事、投稿しとくか」
逃げ出す事が不可能と分かると逆に冷静になったのか、運転手は煙草に火をつけて、足元に転がっているノートPCと通信端末を拾い上げ様とした時、車を囲む機械の狼の群れの一角が爆発と同時に崩れた。
その直後、一台のトレーラーが壊れかけの機械を轢き潰し、運転手と敵である機械の動物たちの間に割って入り、コンテナから出て来た武装集団が戦闘を開始した。
「おい、無事か?」
横転したキャンピングカーの中から顔を出した運転手に、対物ライフルを担いだ男が声をかける。
「え? ええ、なんとか」
運転手は次々と敵が撃破されていく場面に目を奪われていたが、自分を助けてくれた男の声に手を振って応えた。
「看たところ大怪我しているようにも見えないしな。とりあえず無事で良かったが、奴らは見境なくなっているから帝都方面へ向かうのは止した方が良いぞ」
敵から襲撃されていた軽キャンピングカーの進行方向から予測したのか、若しくは運転手の目的地を予め知っていたかの様に、道の先を指さしながら忠告した。
「いやまぁそうなんですが、自分でもヤバいって事は分っているけど、これから日本がどうなるのかを見届けて、自分の言葉で伝えたいんですよ。だから……」
煙草を路面に捨てて脚で踏み消し、頭を掻きながら苦笑いする運転手は答える。
「しかしだな、身を守る武器を持たずに進むのは……」
「武器と言うと銃とかですよね。確かにそう言うのは持ってないけど、俺の武器はペンと言うかこのPCと通信端末です。とは言え身を守れはしないんですがね」
「まったく……。ついさっき殺されそうになったと言うのに懲りない奴だ」
運転手の言葉を遮る様に無謀な行動を慎む様に重ねて忠告しようとした男に、運転手は頭を振って小脇に抱えた己の武器を片手に持ち替えて見せつける。
その直後、男は担いでいた銃を素早く構えて崖上から飛び掛かってきた機械の狼を撃ち落とし呆れる様に溜息を吐く。
「隊長!こっちは何とか片付いたが、そろそろ移動しないと増援が来るぜ」
撃破された機械の狼を蹴って機能停止している事を確認しながら別の男が、運転手に声をかけた男、この武装集団のリーダーに状況を簡単に報告する。
「レーダーに敵影多数。大型の反応もあります」
「ほら、いわんこっちゃない」
「分かった分かった。じゃあ先に進むぞ。撤収準備!」
リーダーとその部下が話していると、トレーラーに取り付けられた外部スピーカーから新たな敵の接近が伝えられ、部下の男が肩を竦めた。
そんな彼を宥める様に肩を叩き、リーダーは無線を通じて武装集団の全員に指示を出す。
「で、こいつはどうするんだ? ここに置いていくのか? 連れて行くとしても武器を持っていないんじゃ役に立たないぞ」
夫々が撤収準備を開始し、リーダーの横に立つ部下の男が軽キャンピングカーだった残骸から荷物を取りだそうとしている運転手を顎で指して尋ねた。
「うーん、さすがにこのままと言うわけにはなぁ……。後方の那智の拠点までの距離は?」
「20kmくらいです。しかし途中には移動中の我々が接敵した場所もあるので戻るのは危険ですよ」
トレーラーの運転席の後ろにある仮眠スペースに置かれた軍用の端末で周辺の状況を確認している女性がリーダーの問いかけに答えた。
「では宙の連中が上陸を予定している海岸はどうだ?」
「戻るより近いが検問を1つ2つ強引に突破しなきゃならんな」
今度はリーダーの横に居る部下が、色々と書き込まれた地図を広げて答えるも、その途中に主要な街道があり危険である事に変りがないと暗に伝える。
「あの?」
「なんだ? 今、お前さんの扱いをどうするか検討中だ。そこで待って……」
思案に暮れる彼らに軽キャンピングカーの運転手が小さく手を挙げて声をかけるが、部下の男が少々イラつきながら彼を制止しようとした。
「俺も連れて行ってください! 確かに銃を撃つ事も出来ないし通信機すらも扱えないけど、俺は、俺なりのやり方で、ペンの力で戦いたいんです!」
「理想を語るのは良い。しかし我々が今求めているのは具体的な事だ。ペンでどうやって戦う?」
しかし運転手はリーダーに視線を向けて強い口調で願い出るが、リーダーは冷静に問質す。
その問いを待っていたかの様に、運転手は纏めた自分の荷物の中から印刷された書類とノートPCと携帯電話を取り出した。
「俺の通信端末は衛星電話でして、国内の業者を介さずに直接海外のSNSに投稿できます、と言うかやっています。なので、俺を連れて行ってくれれば、政府が報道規制を掛けても隠された真実を、そして彼女達の戦いを伝える事で国民に起ちあがって貰えると思います」
携帯電話をPCに接続し、国内の回線では制限されて表示されないサイトを開いて自分の記事をリーダーに見せ、鎧の様な装備を纏った女性が化物を倒すと人間に戻った場面を纏めた書類をリーダーの横に居る部下の男に手渡した。
「大きく出たな……。だが、その戦い方は嫌いじゃない」
「では……」
「……我が隊への同行を許可する!」
サイトの記事と書類を確認し終えたリーダーは、それらを部下の男に預けて腕組みして思案すると、軽キャンピングカーの運転手だった記者を同行させる事にした。
「おいおい、天神に相談せずに決めるのは拙いんじゃねぇか?」
「スポンサーと交わした契約書の中で、各隊の隊長には有事の際の独断専行が許可されている。問題は無いよ」
リーダーの言葉に驚いた部下の男が異議を唱えるも、リーダーは笑みを浮かべてサラッと返した。
「有難う御座います、隊長。 あ、そう言えば俺の名前を言ってなかったですね。俺は……」
「不要だ。寧ろ我が隊にいる間は本名を伏せておけ。それと身分証明書の類はここで破棄してくれ」
「了解です」
記者はリーダーに向かってお辞儀をした後、身分証明書をポケットから取り出して名前を伝え様としたが、それをリーダーは制止して指示を出す。
指示を受けた記者は素直に従い、荷物の中から身分を証明する物すべてを取り出すと、壊れた自分の車の中へ投げ捨てた。
それを見たリーダーが手榴弾のピンを抜いて軽キャンピングカーの残骸へ投げ込み爆破した。
「撤収準備完了。移動できるぞ」
「よし、総員乗車。帝都へ向けて移動する」
そして部下の男からの報告を受けて、無線を使ってこの場に居る全員に命令し、トレーラーは帝都へ向けて動き出したのだった。