サクラ革命二次創作妄想2「梅林、北へ向かう」

「総督の地位、尊敬していた兄、それら全てを失い皮肉にも自由になった。いや、なってしまったのか」
兄の志を継いだ弟子たちと、そして帝国華撃団と別れて何日経ったのだろうか。
後の事を彼女らに託し、始末をつけていずれ合流すると誓ったものの、具体的に何をすればいいのか未だに分からないままだ。
こういう時、兄…兄貴ならきっと己の進むべき道をみつけて動き出していたのだろうな。
しかし、不思議と悔しさも、自分の不甲斐なさに怒りを覚える事もない。
寧ろ、自業自得でこの結末になった事に納得が出来て、今は何故か心が軽い。

「バイリン総督か?」
海風に吹かれて自由を堪能していると、俺を囲むような殺気がした。
まぁ、任地を勝手に離れ、更にはサマエルから報告を受ければ追手くらい差し向けるだろうとは思ったが、背後から声を掛けてきた男以外の気配が直ぐに消え去った。
丸腰に見える男一人に大人数は不要とでも思ったのだろう。だが、気配が消える際に呻き声が微かに聞こえたのは気のせいだろうか?
「今の俺はただの時田梅林だ。まぁ、敗北の責めを負って粛清の対象にはなるだろうが……」
政府が派遣した刺客ならば誤魔化すことなど不可能だろうし否定する意味もない。
護身用の銃は持っているので一応は抵抗してみるが、俺の命運もここで尽き果てるのか。
覚悟を決めた俺は、懐に隠した銃を取り出しながら振り返る。
しかし銃口の先に居たのは見知った男だった。

「久しぶりだな……と言っても、お前と直接話をするのは初めてかもしれんが」
「いや、覚えてるさ。アンタが松林…兄貴の持っていた霊子甲冑を整備していた時に俺もいたからな」
そう、俺はこの男の事は知っている。
数年前に兄貴の家で会っているが、総督だった時に政府から回ってきた要注意人物リストに名前と顔写真があったからな。
「それで政府を敵に回す帝国華撃団を名乗るテロリスト一味のアンタが、この俺に何か用があるのか?」
「俺にはない。……が、この人にはあるようだ」
俺に銃口を向けられたままの男は臆する事無く、振り向かずに自分の後ろを指すと、コンテナの陰から着物姿の老婆が現れた。
老婆が周囲に目配せをすると、黒服を着た者たちが夫々に人を担いで去っていき、そして彼女がこちらに近づいてくる。
穏やかでありながら、先程俺に向けられた複数の殺気よりも強い気配を纏う老婆は、銃口を向けられている男の横に立つと、俺に深々と一礼した。

「時田梅林殿、お初にお目にかかる。青島きりんと申す」
老婆の名前と顔は、要注意人物リストに載る前より知っている。
彼女は女優を引退してかなりの年月が経っているが、それでいて何故リストアップされているのかが分からなかったが、対面して黒幕と言われる事に納得がいった。
現役時代の事は知らないので比べ様もないが、ただ立っているだけで場を支配するカリスマ性は、吉良総理にとって脅威なのだろう。
「これは驚いた。往年のトップスタァであり、帝国華撃団の黒幕が直々に俺と話をしたいとは……」
俺は目の前にいるトップスタァの強烈な存在感に気圧されそうになった。
しかし、身の危険を冒してまで俺に会いに来た理由が気になり彼女に訊ねた。

「腹を探り合うつもりはない。端的に申そう。我々、帝国華撃団に力を貸して欲しい」
彼女の答えは予想していた通りだった。
だが、俺のこれまでの経歴を考慮して、もっと遠回しに切り出すものと思っていたので、顔に出さずに済んだが内心驚いた。
「正気か?俺は政府側の人間だぞ。お前たちを捕らえた上で、再度総督に返り咲こうとするかもしれんのだぞ」
敵だった俺を仲間に迎えたいと言う老婆の覚悟を問うつもりで、男、確か丸さんだったか、彼に向けていた銃口を彼女へ突きつけた。
この程度の脅しに屈して本性を現すとは思えないが、期待以下の反応や答えを返すのであれば、仲間となり背中を預けるわけにはいかない。
「その時は、私に見る目が無かっただけの事。して、返答は如何に?」
銃口を突き付けられても臆せず俺を仲間に迎えたいと訊ねた答えを待つ態度に、九州から始まった政府への反抗が覚悟を決めた事だったのを感じて、俺は銃を懐にしまう。

「俺を仲間にして何をさせたい? 九州地方、中国地方を吉良政権から解放したあの司令と共に政府と戦わせたいのか?」
「その通り。しかし、大石司令の下で参謀になれとも言うつもりはない。共に吉良政権と戦って貰いたい事に変わりがないがな……」
帝国華撃団の覚悟は分かった。
このまま仲間に加えて貰うのも悪くはないと思ったが、先日別れたばかりの彼女らと直ぐに作戦を共にするのは無理がある。
だが、その懸念も青島嫗の言葉で消え去った。

「ならば俺は何をすればいい? 生憎だが、兄の弟子1人すら仲間にできない男だぞ」
政府を打倒する、それは分かった。
しかし、兄の遺志を継いだ弟子たちを総督の権力の下に縛り付けていたが、結末は兄まで失う事になったのを思い返し、俺は自嘲気味になった。
「できないのではなく、できなかった…であろう? 今のお主ならば、何が悪かったのか理解できているはず」
「……俺に兄の遺志を継げと?」
事の顛末を全て知っているかの様な青島嫗が指摘する“理解”は確かにできている。
もう一度最初からやり直す事が出来れば、きっと違う未来(けっか)になっているだろう。
しかし、その未来が今の俺には重い。

「いいや、それを言うつもりはない。松林の思想のままでは日本を変える事が出来なかった事は、お主が一番分かっているであろうから、彼の遺志を継ぐのではなく、それを柱にして新たに立て直す役割を担ってほしいのじゃ」
青島嫗の言う通り、兄貴の思想だけでは日本を変える事は出来ない。
そう、兄貴は完璧ではなかったからこそ、俺が付け入る事が出来た。
総督をやっていた当時の俺はその事で自尊心を満たせたが、今思い返せばなんて卑しい性根をしていたのだろう。
だが、全てを失った今だからこそ、改めて兄貴の思想を検証すれば、やはりそのままでは不足している。
それ故、青島嫗が言う新たに立て直す試みが、俺のこれから目指すべき事なのではないかと思った。
「俺にそれができると?過大評価だな……だが、面白い!分かった、日本を変える仲間に俺も加えて貰おう」
俺一人だけでは無力だが、帝国華撃団の力を借りられるのであれば、俺はもう一度進む事が出来る。
兄貴の後ろを着いて行くのではなく、兄貴と並んで共に歩む事が出来る。
その事がとても嬉しい。
「ありがとう。貴殿の様に政治面にも明るい仲間を得られて心強い。心より感謝する」
俺の答えを聞いた青島嫗が微笑んだ。
彼女の笑みを見て、老いてなおこの人は美しいのだなと思えた。

「早速だが、俺は何から始めればいい? いや、それを訊ねる前に俺の考えを聞いてくれ」
青島嫗に見惚れていたが、頭の中に1つの案が浮かんできた。
「大石司令が西から帝都へ向けて各地を解放しているので、それを直接助けるのではなく、政府の戦力を分散する様に立ち回るべきだと俺は思う。その為に俺がやるべき事は、最終目的地の帝都を挟んだ日本の反対側で活動する事」
「なるほど。それができれば大石司令達に線力が集中する事もなくなる。 では、貴殿は東日本で活動するのじゃな?」
大石司令が率いる帝国華撃団は2つの地域を解放したことで、これまで以上に政府から狙われるのは間違いない。
最悪の場合、N12を全騎投入する事で一気に殲滅される可能性もある。
それを防ぐ意味でも、西日本を進む帝国華撃団とは別の場所で作戦を実施して、政府の戦力の分散を図るのは有効な手だと思う。
「そう、東側にも敵が居ると政府に認識させたいと思うが、帝都に近すぎるのは戦力の分散を目的とするならばリスクが大きい。また、隠密性を高める為に小集団によるゲリラ的な活動となるので、政府の目を此方側にも向けさせるにしても、それが遠くである事が望ましい。ならば、俺の動き始める場所は……」
帝都の政府を急襲する事が敵戦力を一番引き付けられるのだろうが、それを小集団でやれば時間を掛けずに殲滅されるだろうし、帝都に被害を出す事を避けられそうもない。
敵の戦力を遠くに引き付けられ、隠れる所が多く、帝都周辺よりも人や建物が少ない場所が最善となれば、それは……。
「「北方」」
俺と青島嫗の声が重なった。どうやら俺の考えは伝わったようだ。
「相分かった。我々は貴殿の活動を全面的に支えよう」
青島嫗と握手を交わし、当面の活動資金を頂戴した後、船着き場へ向かう様に言われた。

「話は付いたようだな。 さぁ、どこへ行けばいい? お前を目的地までこいつで連れて行き、しばらく手伝う様に言われている」
指示された場所に着くと、丸さんが大きな船の前で待っていた。
活動を始める北方まで、政府の刺客から逃れつつ行くのだから偽装した漁船に乗り込むと思っていたのだが、俺の予想の斜め上を行っていた。
「大型のクルーザーとは豪華だな。ここまで資金力があったとは知らなかった」
正確な大きさは分からないが、20mを超えるのは間違いない船。
この大きさの船であるなら、装備を含めた分隊(10人程度)を乗せて移動が出来るので、ゲリラ活動するには最適と思えた。
それはさて措き、俺はクルーザーに詳しいわけではないが、総督時代にこの船と同じくらいの船を売り込みに来た業者が提示した価格は約10億円だったのだが、帝国華撃団は潤沢な資金をどうやって得ているのか気になった。
「最初はカツカツだったんだが、天神家を味方に付けたおかげで余裕ができたのさ。この船も天神家の所有物でな、政府の小役人程度じゃ容易に手を出せない代物だ」
丸さんの説明を聞き、九州解放時に天神家の令嬢が帝国華撃団に参加していたのを思い出し、納得がいった。
「なるほど、追われてる身としては最高の安全地帯なわけか。ならば、有難く使わせて貰おう」
そして大石司令の功績が巡り巡って俺を助けてくれる事に感謝したい気持ちになる。

「では、改めて俺たちはどこへ向かえばいい?」
「そうだな…青森へとも思ったのだが、政府の目を欺くとなれば、その一歩手前辺りで降りる方が良いかもしれない。となれば、小型船舶が避難する為に停泊する秋田の戸賀港はどうだろうか?」
船へ乗り込むと船室に置いてあった地図を広げ、同じく船室にあったノートPCも併せて使って目的地を選ぶ。
大きな港は人や物を集めるのに最適ではあるが、その分政府の目に留まりやすいので除外。
その後も色々と検討し、絞り込んで、漸く1つの港を選び出す事が出来た。
「街からかなり離れてはいるが倉庫ぐらいはあるだろうし、隠れ家にするには丁度いいな」
丸さんにとっても賑やかな場所より静かに黙々と作業ができる環境が良いのか俺の提案に反対はしなかった。

「では、目的地は定まった。丸さん、戸賀港へ向かってくれ」
「ああ、しばらくつきやってやる」
俺が目的地のある方角を指差すと、丸さんは大きく頷いて操舵室へ向かった。

これから向かう北方で俺は仲間を集め、日本を変える事ができるのだろうか?
少し不安になったが、弱気になりかけた俺の背中を兄貴が押した気がした。
ありがとう、兄貴。
俺はアンタの分まで生き抜いて、俺たち兄弟の悲願を達成して見せる。

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