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『子午線の祀り』【#まどか観劇記録2020 55/60】


劇場に入った瞬間に圧倒される野村萬斎の美

舞台上に浮かび上がる三日月上のカーブ。
その上には星空が煌めき
その下には水面が星空を写している。

いつものように劇場に入り、自分の席を見つけ、舞台に目をやった瞬間に息を呑んだ。そこには日本の自然がありました。そぎ落とされ研ぎ澄まされた美しさとして。

つい先日、舞台上ではどこにでも行けるしあらゆるものを表現できるけれど、自然の雄大さだけはなかなか再現するのは難しいだろうと考えていたところだったのですが、目の前にはおそらく今は見ることができない平安の時代の美しい自然が広がっていました。深淵で静寂を内包した遥かなる空と星と海。

余計なものが一切ない、ただひたすらに美しい舞台セット。
これが野村萬斎の美か、とため息をつきつつやはりこの方がオリンピックの開会式を…なんて思ったりもしたのですが、今はその話ではなく子午線の祀りの感想を書く時間です。

遠くから見ただけではさだかではありませんが、水面のように星空を純度高く反射する床はひょっとして石を用いていたのかな。星だけでなく、人の営みをも静かにしかしはっきりと映し出していた床面は、キラキラと美しく光っていましたが、同時になによりも暗い闇に沈んでいました。

煌めきと同じくらいに美しかった暗闇は、今まで見たどんな暗転よりも真っ暗で、その黒を貫く子午線の光のなんとはかなく強いこと。技術的な面も気になりますが素晴らしい舞台セットでした。

おそらく舞台セットだけでも一晩中眺めていられる美しさです。


日本の表現

何度も上演されてきたという『子午線の祀り』ですが、私自身は今回が初見でした。始まってしばらくは、こんな表現観たことがない、という言葉ばかりが頭をめぐっていて、この作品のジャンルを探したものの見つからず。能・狂言、歌舞伎、現代演劇などすべて日本の現在のお芝居の全てが詰め込まれていると言いたくなるけれど、そのどれでもありつつどれでもなく、なにか言えるとしたら「日本の表現」なのかな、と落ち着きました。

2017年の野村萬斎さんの新演出で評価されたという群読の美しさは格別で、「~候」などの普段は耳にすることの少ない言葉遣いが謡うように朗々と響く様は圧巻でした。そして驚いたのは、馴染みのない言い回しだったにも関わらず、言葉も心情もすんなりと入ってきたこと。日本語が好きだ、日本語がわかってよかった、ここが日本でよかった、なんだか主語が大きくなってしまいましたがそんな根源的なことにまで想いを馳せるものを観させていただいたと思っています。

物語の舞台は、源平の合戦。最後の壇之浦。
あまりに有名ですが、教科書の数行の記述で知っている気になってしまっていたあの物語が、厚みをもって迫ってきました。こんなにたくさんの涙が流れ、こんなにたくさんの愛が語られ、こんなにたくさんの誇りがぶつかり合ったのか。このような形で歴史に息を吹き込んだことに賞賛が止まりません。

平家:野村萬斎さんの品

すでに演出家野村萬斎のすばらしさに感動しきりなのですが、表現者としての野村萬斎さんもすばらしかったので、書いておかねばなりません。

平知盛に対する印象が変わりました。そもそも私はあまり源平の戦いに女性の存在を認識していなかったのですが(最後に入水するところだけ)、この作品では影身の内侍という知盛が想いを寄せ、平家の未来を託したものの殺されてしまった女性が登場します。そして知盛は平家の大軍団を率い、天皇と日本国のことを考えながらも最後まで常に影身の内侍を求め続け思い続けていたのだという最期を迎えました。

我が子を見殺しにした罪の意識か、影身の内侍に対するときの知盛はどこか女々しく、子供が母にすがっているようにも見えました。しかし、ひとたび人の前に立てば一族を率いる立場として威厳をもって存在します。

そんな知盛の弱さも強さも野村萬斎さんは表現されていて、そしてどんなことをしていてもそこに品を感じることができるのです。声を荒げていても他の人とは違う。決して大きな声を張り上げるのではなく、圧が上がったという印象を受けたり、うまく言い切れませんが、第一線の芸事を生きてきた方の凄みなのかなと思いました。

そして、その知盛に対する村田雄浩さん演じる阿波民部がまたよかったのです。

長年一心に知盛に仕え、その存在を思うからこその苦言も呈しそばに居続けた存在。しかし、奇しくも知盛が心揺れる原因となった親子の絆を試される事件が民部にも起こり、そして…。この二人の結末には驚いたのですが、ある意味納得してしまったのは村田雄浩さんの熱い演技ゆえなのだろうなと思いました。とても好きでした。


源氏:成河さんのはまり役

そして、源氏側。成河さんの活躍を書かずにはこのnoteを終えられません。
私の中で史上最高の義経でした。

まったく個人的な意見なのですが、実写化される義経像は美化されすぎているのではないかと常々思っておりました。例えば小柄だったり、頭に血が上りやすかったり、甲高い声だったり、そもそも連勝はすごいけれども当時の常識からしたら卑怯だっただけという説もったりと、歴史ものの小説などを読むと必ずしも義経はかっこいいばかりの人物像ではないのですが、義経のかっこいいところばかりを具現化するような義経像が多いように感じていました。しかし成河義経は、かっこいいところもかっこ悪いところも全部ひっくるめて魅力的なリアルな義経像だったように思います。

血気盛んで弁慶にいさめられ、まっすぐに戦いのことしか考えていない。あちこちを飛び回るエネルギーの塊のような成河さんの義経は間違いなく血の通った人間で、まっすぐに一生懸命で不器用な男でした。そんな義経とどっしりと構え、諫めそばにいる星智也さんの武蔵坊との関係性が更に素晴らしかったと思います。並んでいる姿からしてよい。とても素晴らしくて、この二人でのその後の義経の物語も見てみたいと思わせるほどでした。


派手な演出方法を使うわけではないのに迫力満点な合戦のシーンも、その構成の巧みさも最後まですべてが美しかったです。
今年度を締めくくるにふさわしい作品でした。観られてよかった…!


***上演情報***

上演は2021/3/30まで世田谷パブリックシアターにて
あの舞台セットの美しさは実際に目にしなければ伝わらないと思うので、ぜひ劇場にてご覧ください。
3/29の回には上演後のトークセッションも予定されているようです。

当日券もあり。
https://setagaya-pt.jp/performances/202103shigosen.html


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