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11月17日『A g.rounds』

 なぜ俺たちが銀の武器を使うか?

 それはな、茅傘。銀が中性子を吸収するからだよ。 
 吸血鬼の体内では、ある種の核分裂反応が起きている。心臓にごく小型の原子炉を抱えているんだ。吸血鬼に接近すると電離放射線が検出されるのがひとつの傍証だな。
 もちろん、プルトニウムやウランみたいな原爆に使われる規模の核種じゃあないと推測されている。だが、怪力を振るうには十分なエネルギーなんだろう。

 核分裂反応とはつまるところ、中性子放出の連鎖反応といえる。俺たち狩人は、吸血鬼の体内に銀を挿入することで、反応を停止(スクラム)しているんだ。──ああ、原発みたいなものだな。同じように炭化ホウ素の制御棒を用いてもいいが、加工性や隠密性、入手のしやすさを考えれば銀を使うのが最適だ。だから狩人は、百年前と同じように銀の弾丸を使うし、ナイフを振るう。

 ……もちろん、原子炉の心臓なんてのは仮説の一つだよ。しかも根拠の乏しい仮説だ。化け物を前にした人間たちが、不可解な現象に理由をつけようとしているだけ、とも言える。本当のところなどなにも分からないさ。あんな不条理たちに、理由なんてないかもしれないんだ。 
 分かっていないことの方が多いんだよ。
 なぜ血液を媒介にして増えるのか。霞のように姿を消すのか。心臓を穿たなければ絶命しないのか。指先ひとつ触れずに人を殺せるのか。何年も前に死んだ母親の姿になれるのか。どうして、どれほど断ち切っても……俺たちの心を誘惑できるのか。俺たちはひとつも分からないまま戦っている。

 ──いいか茅傘。俺が今言ったことは、なにも覚えておかなくていい。人間の範疇で奴らを理解しようとしなくていいし、すべての理由を考える必要はない。考えるべきは殺し方だけだ。そのための手管は教えたな。
 俺たちは一つの弾丸だ。もし他のなにかを望むなら、狩りなどすべきじゃない。望めば、その隙を奴らは見過ごさない。

 ……ああ、茅傘。なにも分からないと言ったがな。これだけははっきりしているんだ。
 狩人は長生きできない。だが吸血鬼と関われば、もっとはやく死ぬ。例外なくみな死ぬ。
 言っただろ。その理由を考える必要はないんだよ。

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ナラハシ
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