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天井のシミ
寝室の天井に、50cm四方ほどの焦げ茶色のシミがある。
それは、圭一が寝るベッドの上、ちょうど枕の上あたりについている。
蝙蝠が羽を広げて笑っているように見える、かなり不気味なシミだった。
蝙蝠だから「羽」ではなくて「翼」なのか?
正しくはどう呼ぶのかわからないが、ともかく、圭一はそれを
蝙蝠の羽だと捉えたのだ。
圭一がこの家に越してきたとき、そこにベッドを置くなんて考えられなかった。その部屋を寝室にするなんて思いつきもしなかった。
あんなものを見ながら就寝したら、悪夢にうなされるに違いない。
そのシミは、ずいぶん昔の雨漏りの跡らしい。
その後、屋根の葺き替えをしているから、もう雨漏りの心配は全くないという大家の話だった。
しかし、それにしても、あのシミはどうにかならないものかと圭一は考えた。天井板を張り替えるとそれなりの金が要る。
なにしろ、ここは格安の家賃で借りている借家なのだ。
シミぐらい、どうってことないか、とも思う。
星空のポスターでも貼って隠すってのもいいな、と少し気分が軽くなる。
それに、とまた考える。
この部屋をあまり使わないようにしてもいいじゃないかと。
ところが、間取り、家具の配置諸々考えていくと、
そこを寝室にするのが一番良いのだった。
しかも、ベッドの位置はシミの真下が一番都合がいい。
いや、むしろ、そこしかないと確信を持つほどピッタリなのだ。
小さな平屋建てだから、豪邸のようにはいかない。
枕と足を逆にしてせめてシミを直視しないで寝ればいいか、
とも考えてみる。しかし、それだと、コンセントやら窓の位置やらの関係で
どうしてもシミの下が枕の位置になってしまうのだった。
それが最上の位置なのだから仕方ない。
困ったな・・・と思いながらも、ともかくベッドをそこに置いてみる。
圭一は、ベッドの上に仰向けになって天井を眺める。
やはりそのシミは気味が悪い・・・
そう思ったのは最初だけだった。
あれ?
なんか、見覚えがあるぞ・・・と思った次の瞬間に
気味悪さは跡形もなく消えた。
そう、そのシミはロールシャッハテストの図版に似ていたのだ。
圭一は、心理学関連に詳しいわけではないが
ロールシャッハテストの図は、何度か見たことがある。
はっきりとした意図をもって描かれた絵とは違い
元々は、インクを落としてできた特に意味のない図なのだ。
それをどう捉えるかで、心理状態を分析する手掛かりにする。
どう見るかは見た者次第。
同じじゃないか。
不気味と思えば不気味に見えるし、そう見えたのには
その時の自分の心理状態が反映されているんだろう。
意味を付与しなければ、ただのシミだ。
別の何か、とっても良いものに見立てることだってできるのだ。
ほら、鏡合わせの宝島の地図とか、ね。
何かに見立てるのは、遊びとしては面白い。
その程度のものじゃないか。
現に、そのことに気づいた圭一は、もうそのシミを怖れなかった。
不安や恐れがどこへともなく消えたのだ。
そういうわけで、圭一は
もうかれこれ6年、そのシミの下で眠っている。
いい日もあればイマイチの日もある。酷い一日だってある。
日々変わるお天気みたいなもんだ。
もしもシミを気にし続けていたら、
悪い日はもっとひどく落ち込むことになっただろう。
占いに振り回されている人を見たら、誰もが気の毒に思うに違いないが
案外、似たようなことを、人はみなどこかでやっているかもしれない。