今は昔物語
昔々、あるところに
お爺さんとお婆さんが住んでいました。
二人は、顔のつくり、身のこなし、話す声のイントネーションなど
そこはかとなく似ていました。
夫婦は長年つれ添うと似てくるものだと言いますが
この二人に限って言えば、それは当たりません。
なぜなら、二人は夫婦ではなく、
正真正銘の双子の兄妹だったからです。
鶴亀の夫婦のように、長い年月をかけて似てきたのではなく
初めから似ていたのです。
もっと言うなら、生れ落ちたときの方が今より似ていたのです。
二卵性の双子ですから、一卵性双生児ほどではありませんが
それでも、普通の兄妹より
環境の上でもずっとずっと似ていたのです。
二人は、成長するにつれ、それぞれ環境も変わり
少しずつですが
似ていないところも増えていきました。
二人の両親は、二人が成人する前に相次いで亡くなりました。
それがきっかけで、二人は故郷を出て
別々の場所で、全く別の人生を歩むようになりました。
もう、二人を並べて見ても、
誰からも似ているとは言われないようになりました。
それぞれに結婚し、子も設けて
別々の土地で生活していた二人ですが
還暦を過ぎ、つれ合いに先立たれたのは
不思議なことに、二人同時でした。
ある占い師はこう言いました。
「同じ星の下に産まれたのだから、
つれ合いを失くすというような大きな転換期が重なっているのは
偶然とは言い切れない。」
つまり、運命は産まれたときにおおよそ決まるということだろうか。
それにしては、そのほかの人生の転換期は微妙にずれていたのだが・・・。
とは、占い師を前にして口にしない二人でした。
二人は、それぞれに二男一女の三人の子供がいましたが
子どもたちも全員巣立ち、老後の一人住まいをしていました。
あるとき、二人は、別々の場所でふと思ったのです。
実家で兄妹が一緒に住んではどうだろうかと。
このアイデアは、二人の脳裏に同時に浮かびました。
その後の電話でのやりとりは、実に軽いものでした。
反対する者はいません。
さっそく、二人は故郷に戻り
長らく空き家になっていた実家の玄関を開け
中から窓を開けて、古い家に新しい風を入れたのでした。
それがいつのことだったのか、二人はもう覚えていません。
いえ、その日の状況、心境は忘れたことがないのです。
ただ、それが何年前だったのかがわからなくなっただけなのです。
春でした。
窓から二人は外を望みました。
かすみのかかった遠くの山々。
もやる庭の草ぐさ。
上空を飛ぶ鳶。
立ち上がる土の匂い。
夜にはきっと月の光が差し込むよ。
今夜は満月だからね。
そう言って、微笑み合ったものでした。
それから何年過ぎたでしょう。
二人の容貌はどんどん似てきました。
思春期から壮年期までは、すっかり似ていない二人でしたのに。
二人の体はどんどん老いていきました。
もう、二人が何歳かも、誰にもわかりません。
古い空き家のように見える
山裾の一軒家に
今も
何歳かわからないお爺さんとお婆さんが住んでいるかもしれません。
草はしげり、鳥はうたい、木の葉が風とダンスする
空ゆく雲を、ずっと見守り続ける四つの瞳。
今は昔の物語です。