空の飛び方
昔、空の飛び方を教えてくれた人がいた。
人?
いや、天使だったのかもしれない。
羽があったので。
力の抜き方、重力の外し方
腕の広げ方、体の傾き加減
彼は、僕の手をとって
時に体を抱きかかえて、丁寧に優しく教えてくれた。
「何より大切なのは
楽しい気持ちを持ち続けることだ」
と、彼は言った。
僕は、彼と手をつないで
何度も夜空を飛行した。
その時の感覚は、今でも覚えている。
不要な力が抜けて、体が浮く感じ、
行きたいと思う方向を見れば、自然にそちらに進む感じ、
軽く空気を蹴る感じ、押す感じ、
地上に降りるときの、ゆったりした重み。
ある夜、いつものように
彼と空を飛んでいたとき
僕は、一人で飛んでみたくなった。
もう、自分ひとりで飛べる気がしたんだ。
それで、繋いでいた彼の手を
僕はいきなり振り切った。
彼が驚いたような顔をしたのを一瞬見たけれど
僕は、もうその時は
真っ逆さまに地上に落ちていって
叫び声をあげていたよ。
きっと彼が、急降下して助けにきてくれると思った次の瞬間に、
僕は地上に叩きつけられていた。
彼は間に合わなかったんだろう。
僕を見捨てたわけではなくて。
そんな風に信じてはいるけれど
その後、二度と
彼は僕の前に現れることはなかった。
空を飛んでいるときの感覚を
その後も忘れたことはない。
だけど、どうすれば
その感覚になれるのかがわからないまま
月日が過ぎた。
最近、急に
彼の声が脳裏によみがえってきてね。
「何より大切なのは、
楽しい気持ちを持ち続けることだ。」
彼とは夜にしか会わなかったけれど
昼間の、明るい空を眺めていると
彼が、この空のどこかにいる気がして仕方ない。
地上では、自分の力で歩くことが美徳みたいに思っていたものだが
人の助けを借りるのも、人に手を差し伸べるのも
その交流自体に、美徳を上回る美しさがあるって
わかってきたからかもね。
彼との再会も、そう遠い未来じゃない気がしている。