神楽坂でナビ旅!
2021年初夏、友人2人と一緒に、Navi tabiというアプリで神楽坂を巡った。NaviTabi(ナビたび)は、オリエンテーリングやロゲイニング(フィールドに設置されたチェックポイントを制限時間内にできるだけ多くまわって点数を競うスポーツ)などのナビゲーションゲームを楽しめるアプリだ。アプリに収録されたコースを自由に選んでプレイすることもできるし、自分でコースを作成することも可能だ。
梅雨の晴れ間のある日、神楽坂下のスターバックスで待ち合わせた私たちは、慣れないアプリを起動させて、神楽坂にある既存のオリエンテーリングコースのスポットを回った。なぜ既存のコースから神楽坂を選択したのか。それは、坂道が好きだからというシンプルな理由からだった。東京に坂の町は数あれど、地名に坂が付いて中世から栄えている町はそう多くはないだろう。いったいどんな坂道が待っているのか、私は上る前から遠足前の子どものようにワクワクしていた。
アプリの中にあるナビゲーションゲームは、チェックポイントを時間内に好きな順番で巡り、獲得した合計スコアを競う「スコアオリエンテーリング」と、決められた順番でチェックポイントを巡ってかかった時間を競う「ポイントオリエンテーリング」の両方がある。私たちは、初心者なので、スコアオリエンテーリングを選択した。手元のiPhoneの画面には神楽坂の地図が表示された。地図上には、チェックポイントを示す丸印が重なるように神楽坂の町を埋め尽くしている。牛込橋を渡り、最初の2つのスポットは3人で行ってみることにする。点在するスポット付近に近づくとピピピッとスマホが鳴る。どうやらこのゲームでは、スポットの写真を撮影することをパンチと呼び、集まった写真がポイントになるようだ。
与謝野晶子旧居跡で、アプリの使い方が何となくわかってきたところで、とうとう3人のオリエンテーリングが始まる。たくさんスポットをまわったら勝利という明快な競技、それがオリエンテーリングなのだ。
神楽坂下からまっすぐ上った坂道は、上ってもさらに前方に坂道が続いている二段構えの坂道だ。下からは先が見えていないため、そんな気の利いた地形であることは全く分からない。初めから幸先良いことこの上ない。この町の地形は絶対面白い、と私は思った。
私の作戦は、余力があるうちにできるだけ遠くまで進むことだ。町の奥の高台にあるスポットから制覇し、帰ってくる道すがらスポットをチェックするのだ。赤城神社のスポット写真を撮影していると、階段の上に茅の輪が見えた。空の色は少し青くなり、日も差し込んできていた。むっとした湿気を含んだ空気がアスファルトから立ち上ってくる。私は足を早めた。
赤城神社から出ると、こんなに標高が高いにもかかわらず、神楽坂駅がひょっこり顔を出していた。坂の上にあるだけで平地では当たり前の風景も箱庭のように可愛らしい。
神楽坂は、坂の町だけあって、スポットにも坂の名前が多い。なべころ坂、というユーモラスな坂の名前からは、かつてお鍋も転がっちゃったような坂道だったことを想起させられた。また、スポットにはなっていないものの、急にカクッと曲がる坂道には斜度もあって、昔の面影を垣間見ることができる。
坂の町では、坂の先がどこにつながっているのか、上ってみないと分からないことが多い。坂のつながりが分かれば、近道も自然と分かるのだろうけれど、はじめて町を訪れた私たちにとっては、神楽坂の町全体がアスレチックのようだった。待ち合わせた公園では、真逆の方向から友人がやってきたので驚いた。どこかで道はつながっているのだ。また、もう1人の友人は、上った先が行き止まりだった坂道があったと報告してくれた。一見さんには分からないでしょう?と、町からトラップを仕掛けられているようでかなり興味深い。
私は、台地の縁に古い街道が走る町で生まれ育った。台地より低い土地に小学校があったので、学校への行き帰りには坂道をたどることになる。幼い頃の原風景に坂道があるせいか、私は坂道が好きだった。学生時代を過ごした大阪の北摂は平坦な土地が多かった。でも、私は小さな坂が扇状に走る町、千里山に住んでいた。千里山では、坂道を通らないことには、阪急電車の駅にも北大阪急行の駅にも行けない。下るにしろ上るにしろルートは無数に存在するため、毎日別の道を通って帰るのは飽きなかった。
同じ坂道でも、少し目線が違うだけで見えてくる風景がガラリと変わる。坂道はいつも風景の中に幾つもの発見を散りばめてくれている。坂道はその傾斜によって、いつもの日常の見え方を少しだけ変化させる。いつの間にか坂道好きになっていた私には、どの土地であっても、目の前にある坂道はちょっとしたアトラクションだ。江戸期から変わらなかったり、忘れさられたりしている東京の坂道の数々をこれからもめいっぱい探検していきたいと思う。
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