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pp(ピアニッシモ)は弱くない
f(フォルテ)は「強く」、p(ピアノ)は「弱く」……
学校の音楽の授業で誰もが習う、
楽譜の強弱記号です。
しかし、芸大時代に私はふとこう思いました。
「p(ピアノ)が書いてあるときって、
ほとんどの場合「弱く」はないよなあ…」と。
そんなとき、SNSでこんな画像を見つけました。
(出典:https://www.facebook.com/w.classictong/)
この画像では、
トランペット奏者にとってp(ピアノ)はむしろパワーを必要とすることが
かかれています。
実際、音の大きいトランペットで
きれいに「小さな」音を出すには、
かなりの神経を使うそうです。
だからmp(メゾピアノ)には
more power=更なるパワーがいるし、
ppp(ピアノピアニッシモ)に至っては、
pressure, pressure, pressure...と
もうプレッシャー(あるいは「圧」)でしかないのです。
私は、これは大きな音が出るトランペットだけではなく、
おそらくほとんどの楽器の演奏家に共通した感覚なのではないかと
思っています。
p(ピアノ)は「弱く」を意味しません。
小さい音ほど、緊張感と集中力を演奏者に必要とします。
演奏者が向けるパワーにおいては、
p(ピアノ)こそ「強さ」を求めます。
私は音楽の強弱記号は「強い/弱い」ではなく、
気体や固体の体積関係に近いのではないか、と考えています。
f(フォルテ)はまるで気体です。
分子が自由に飛び回り、大きく広い体積をもたらします。
一方、p(ピアノ)はまるで固体です。
分子の数は同じでも、ギュッと凝縮しています。
だから体積は小さくなるけれど、その中心に向かって強い圧力がかかっています。
体積の大きさに関しては、f(フォルテ)は大きいし、p(ピアノ)は小さい。
でも、凝縮の度合いにおいては、
p(ピアノ)は体積が小さいからこそより強い圧を伴う。
ここに矛盾はありません。
最近、渋谷駅でホラー映画の広告を見かけました。
《クワイエット・プレイスⅡ》という作品で、
そのキャッチコピーは「音を立てたら即死」だそうです。
恐い恐い。
しかし、私はこの作品の存在がとても興味深いと感じました。
人間にとって音を出さないことは、
それだけでホラー体験になります。
大きな音を出してはいけない、この張りつめた緊張感は、
実はppp(ピアノピアニッシモ)を求められたトランペット奏者に通じるものがある、と
思ったのです。
演奏者がp(ピアノ)記号を見つけたとき、
彼らはホラー映画並みの恐さを経験しています。
ああ、恐い恐い。