大事故は何故起こるのか
原因があり、結果がある。
飛行機墜落や原子炉の熔解などの大規模事故では、しばしばこの「原因究明」が至上課題となります。
その多くはヒューマン・エラー、すなわち関係者の誰かによるミスだそうです。
しかし実際は、その個人に全ての責任をおしつけられるものでもありません。
原因と結果の関係は、網の目のように複雑にからみあっています。
寿楽浩太さんは『科学技術の失敗から学ぶということ リスクとレジリエンスの時代に向けて』という本で、ジェームズ・リーズンが提唱した「スイス・チーズモデル」を紹介しています(*1)。
スイス・チーズというのは、イラストでよく見る穴あきチーズのことです。大事故もこれと同じとは、どういうことでしょうか。
スイス・チーズではチーズの内外にたくさん穴が空いていますが、そのほとんどは異なる位置にあり、各穴は独立しています。
同じように、私たちの毎日は既に小さな「穴」をいくつも伴っており、
その穴の位置が、何かのきっかけで重なってしまった時、大事故が起こる。
これが、「スイス・チーズモデル」です。
たとえば、普通に生活していれば、交通事故に遭うことは滅多にありません。
しかしそれは、
たまたま穴が重なっていないだけ、ということも多いのではないでしょうか。
私が夕方、自転車に乗っているとき、
たまたまライトをつけ忘れていたとしても、
たまたま脇の小道から子どもが飛び出してきたとしても、
たまたま通りがけの車の運転手がほんの数秒カーナビを操作していたとしても、
それぞれの穴の一瞬がズレていれば、三者は何事も無くすれ違うのみです。
しかし穴のタイミングがたまたま重なり、貫通してしまったとき、
衝突事故が起こります。
目に見える「衝突事故の原因」の周りには、
たまたま貫通していないだけの小さな穴がいくつもあるのです。
このような穴あきチーズのモデルで事故の原因を考えると、
重要なのは、どんな小さな事故も絶対に起こさないことではなく、
起きてしまった小さな事故からいかに軌道修正するのか、ということとなります。
この軌道修正あるいは自己回復のことを「レジリエンス」と呼ぶそうです。
チーズの穴が第3層まで到達してしまったとき、
それぞれの穴をつくった人を責めることよりも重要なのは、
既にある第4層の穴と重ならないようにすること、
あるいは更なる層のチーズを用意して、
穴を貫通させてしまわないようにすることです。
何らかの小さな事故は起こってしまう前提として、
いかにそこから回復するか。
「レジリエンス」という考え方は、
失敗から目を背けるのでもなく
責め立てるのでもない、
リスクに対するパラダイム・シフトです。
穴は、どこでも生じ得ます。
因果関係は太い一本の一直線ではなく、
穴あきチーズの重なりなのです。
(注)
(*1)寿楽浩太2020『科学技術の失敗から学ぶということ リスクとレジリエンスの時代に向けて』オーム社.