新年初詣part2
今日は午後から成田山深川不動堂へ出かけました。
門前仲町駅を出ると参道は参拝の長い行列になっています。
オートマチックに最後尾に並んでみたのですが、まず手水に行こうと列を抜けて出店が出ている脇を通って境内へ入りました。
状況を見るとこれは列に並んでいたら本堂に上がるところまで1時間以上はかかるように思えました。
神田明神とかを基準にすれば人数的にはそこまでではないのですが参道の列の幅が全然違うのと、神社では混雑時は2礼2拍手で簡単なご挨拶が多いですが、お寺は参拝者が結構丁寧に祈ってるので一人当たりの時間が長そうです。
そこで、初詣ですし、久しぶりに護摩祈祷を受けてお札をいただくことに。
願書を出してお支払いし、祈祷用の列に30分くらい並びました。
空には細い月が見えて、列から見える手水に光が反射してキラキラ美しい。実際は人がひっきりなしに来てましたが奇跡的にこれが撮れました。
中に入ると畳の一番前に荷物を置いて、混んでいたトイレから戻ったらすでに名前を読み上げています。(ちなみに畳は床暖房でした)
そう。お札申込数が多いので先に読み上げて、残りは護摩の最中に読み上げていました。(トイレに行ってるうちに自分の分が終わってなくて良かったー)
お馴染みな人もいますが、大抵のお坊さんは入れ替わるので毎回雰囲気が違います。最初に大太鼓を叩く時は、ビビるくらい「ドン!!」って響くのが好きなんですけど、今回は草食系なお坊さんで優しい感じの響きでした。読み上げの人も山伏のような厳つい感じでなく、真面目な感じ。
あと最初の登場の時にお坊さんたちは法螺貝を吹いて入ってきます。音の出し方にかなり個人差があって毎回のように心の中で(がんばれ!)って言っています(笑)
混んでいますから、護摩の火に希望する持ち物を翳してもらうありがたいお清めはやはり省略でした。また、いつもと違うのはお座主様が最後の法話をされていました。(通常は僧侶の当番制とお見受けします。)
ご祈祷の最中、担当のお坊さんが一所懸命名前と祈願を読み上げていましたけど(始まる前の分は名前だけ)なかなか終わらず炎が段々燃え尽きて小さくなってきて、お座主様は再び護摩木を縦縦横横と組んで積み上げて復活させていました。
いつもは2時間おきの護摩祈祷も今日は1時間おきですから、お疲れ様です。
終わってから、お札受け取りの列にはすぐ並ばず、2階で仏様の像など見学して回っていました。ここはお遍路さんの88箇所の部屋もあります。
私は先日岐阜の三面大黒さまの記事を読んで、ここに来たらぜひ!と思っていました。
実は深川不動堂にも2階に三面大黒さまがおられます。
手を合わせて、心の中で(あの〜、岐阜の三面大黒さまは、小判をジャラジャラ振りかけてくださるそうですが、こちらもそうですか?)と聞いていました。私の頭のイメージではジャラジャラ大判小判が降ってます。3人の大黒様を一人ずつマジマジと見学してからお札を受け取って帰りました。
途中大手町で丸善に寄って、しばらくLonly Planetを眺めてから、スピリチュアルコーナーでナオキマンとバシャールの本を立ち読み。ナオキマンは何度かYouTubeで見たことがあるし、少し前に紘矢さんがナオキマンのリンクを送って来たりしていたので、興味のあるところだけちょっと読みました。
印象に残ったのは、バシャールが言うには、引き寄せ自体はみんなやっている。むしろそれを邪魔する恐れや不安などを遠ざける方がいいって解説。
もう一つは9の数字は特別って話。9は必ず9に帰結するんです。例えば9+9=18 1+8=9で、掛け算も9×3=27 2+7=9とか。面白いので興味ある人は読んでみてください。
バシャールの「わくわくしよう」は前から知っています。「情熱」を持って現実を創ろうって解説もおすすめ。
情熱を持ち続けるって、ちょっとしんどい気がする場合もあるでしょう。極端な話、毎日松岡修造テイストでは生きられないもの。
私は、情熱の持ち方って2通りあると思うんですね。
実現したいことを、すでに叶ったように何度も思い出して、イメージして、味わうことで膨らませていく感情型の人が多いけど、私自身は割と火花とか閃光のように瞬間的に「そうだ!」「わかった!」みたいな直感型です。後者は、一瞬だけど望むことを強く印象付けたら、あとは一旦忘れても大丈夫なんです。
デザインする時がそんな感じで、テーマ、条件、キーワードなどを確認して資料集めて取り組んで浮かばなかったら一旦全然違うことをやってるうちに解答が浮かびます。
だから、「わくわく」「情熱」が何だかわからない時があっても問題無し。一人一人程よさもタイミングも違うから。望まないことをわざわざ考えなければいいだけ。
気楽に軽やかに2025年も楽しんでいきましよう♪